大人になってから「走れメロス」を読むと、学生とは違った感覚を覚える。
どことなくムズムズする。「かぁー!」となる。
メロス愚直すぎだろとか、友人との誓いとか、 「もうええやろ……」と心折れかけたりとか、熱い抱擁とか、王様の改心とか。
その青臭くも確かにあるエネルギーが、多くのアレンジを生んだことは間違いない。
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この作品のエネルギーは一文目から発揮される。青臭くはない。語弊を恐れず申すならドブ臭い。
この物語のメロスは何の試練もなしに「もうええやろ……」となっている。
羅生門基準なら何の逡巡もなしに追い剥ぎするであろう。そういう男だ。
そういう男なのに、無駄に誇りはある。まことに厄介である。
太宰治は自分や世間の投影もかねて様々なダメンズを描いたわけだが、実際メロスがダメになったらどうなるか。意外とこんなものかもしれない。もう少し勿体ぶった言い回しかもしれないが。