第2話 解明編
くるみ亭二階 ギルドマスター室
「ああ、何故死んでしまったの、メルク」
くるみ亭二階のギルドマスター室でアレイスタは涙を流している。
ギルドマスターは青ざめている。
「葬儀は明日なんだぞ」
「分かっているわよ」
「お前は荒事は天才的なんだが」
ギルドマスターが大きな溜息をついた。
「ああ、メルク、どうしてあなたはメルクなの」
ニーナが笑いを堪えきれなくて、床を魚のように跳ねていた。
北部墓地A-7地区
教会裏手に広がる小高い丘。
雨季に入ったノドゥスは今、黄色く可憐な花ミミモザのカーペットで覆われていた。
「光の中に生くる者は、皆いつか、等しく深き闇へと還る」
聖魔光教の
アレイスタは棺の中にミミモザの黄色い花を差し入れた。
メルクの頬に触れる。
冷たい。
まるで本当に死んでしまったみたいだった。
はちみつの香りに満たされた棺に顔を寄せる。
「どうやってるのよ」
小さくつぶやいた。
このまま抱きかかえて泣き叫ぶ予定はギルドマスターに却下された。
ギルドの参列者が続いて棺の中に花を供えていく。
アレイスタは少し離れた場所に立つ。
ハンカチで目を押さえるふりをして参列者を見渡す。
「 死という名の境界において、光と闇は溶け合い、一つとなる」
墓に眠る遺体を掘り起こし、解剖を繰り返す容疑者がこの中にいる。
ギルドの受付ニーナは迫真の演技でメルクとの別れを演じている。
ニーナの切り替えスイッチが羨ましい。
事情を話したら『協力しますよ』と乗り気だった。
初期の解剖でみられた無邪気な好奇心は、人の動作原理の観察に移行しつつある。
容疑者は風魔法を精緻にコントロールして、脳を傷つけないで開頭できるまでになっていた。
商業ギルドの記録係クリスティーヌはさきほどから執拗にメモを取っている。
解剖された遺体は、死化粧が施されて棺に戻されていた。
声をかければ起きてもおかしくない、そんな化粧。
凄惨な解剖と精緻な死化粧は、犯人の混乱した精神を表しているようだった。
病院の下働きカサンドラはメルクの遺品を欲しそうに見ている。
犯行が数十回と繰り返され、犯人は大胆になっている。
容疑者が一線を超える前に、保護してあげたいとアレイスタは願っている。
この稀有な魔法の才能を失うのはあまりにも惜しい。
シスター見習いのアンナは参列者にミミモザの花束を渡すのに忙しそうに立ち回っていた。
アレイスタとメルクは予想した。
この犯人は知的駆動型。
死者への尊厳はちゃんとある。
でも、倫理観がずれている人。
私たちと同類の人種。
エルフの遺体。
希少なそれをぶら下げれば容疑者は必ず食いつくだろう、と。
「彼女の闘争は今、潰(つい)えた。 永遠の笛が鳴る」
「ノサイド」
棺に蓋がされた。
冒険者たちが棺を釣り上げ、墓所の穴に降ろされた。
「ノサイド」
参列者の祈りの言葉とともに、墓に砂がかけられていった。
北部墓地A-7地区 深夜
砂漠の夜は日が落ちると一気に温度が下がる。
アレイスタたちギルドの面々は複数のチームに分かれてメルクの墓を見守っていた。
毛布を被った少年冒険者オームが牛乳とパンを持ってきた。
「何か動きはありました?」
「犬の散歩以外なら、頭に鉢巻をした妙な連中が来たけど」
「ああ、白き矢の人たちですね」
「なにそれ?」
「知りません? メルクさんのファンクラブ」
「は? 初耳だわ。メルクにファンがいたこともびっくりだけど」
「ニーナさんや、アレイスタさんにもいるんですよ」
アレイスタが牛乳を吹き出しそうになった。
「なんで張り込みって牛乳なんですかね」
「ニーナはともかく、私のファンクラブってなによ」
「
長い沈黙があった。
「No.1は……」
「しっ。誰か来た」
それまでやかましかった虫の音や風の音が急に小さくなった。
隣にいるはずのオームの声すら遠くなる。
「これは風魔法。本命みたいね」
「音を消しているんですか」
「広域ジャミングなんて、すごい魔法」
「だから今まで発見されなかった」
「でしょうね。もう少し前に移動しましょう。この魔法の中なら、私たちの動きも分からないはずよ」
メルクの墓標前
音のない世界。
黒い衣装を纏った怪しい人影が右手を掲げた。
埋めたばかりの地面に衝撃が走る。
風にくるまれた砂がゆっくり持ち上がる。
トランプのカードを配る様に、砂がはがされていった。
メルクの棺は数分もしないうちにむき出しになった。
砂で作られたスロープを降りて魔法使いが棺に触れる。
小さな衝撃が走って棺の蓋が切断された。
魔法使いは棺の横に膝をつき、蓋をゆっくりと開けた。
メルクはまるで眠っているようだった。
鼻と口にチューブが差し込まれている事を除けば。
魔法使いはメルクの様子をしばらく見つめていた。
風魔法使いがメルクの胸元に指を這わした。
その指先は小さく震えていた。
「!」
メルクが目を開けた。
棺の中に隠してあった二本の矢が浮上して、魔法使いの喉元を狙う。
魔法使いは逃げ出そうと慌てて立ち上がろうとしたが、それは叶わなかった。
「脳を揺らしただけよ、犯人を確保して!」
待機していたギルドの冒険者が一斉に穴に飛び込み気絶した魔法使いを取り押さえた。
アレイスタとオームもスロープを下りる。
ノドゥスは乾燥しているから穴の深さは1.5メートルほどと浅い。
それでも棺の上の砂は1トン近くあり、魔法使いの魔法力の高さが伺えた。
棺の中のメルクの様子を見る。
メルクはまるで眠っているようだった。
胸元が小さく上下しているのを見て、本当に寝ていると気付いた。
「こいつ」
アレイスタが棺を蹴り飛ばした。
穴の外に引きずり出された魔法使いのフードをオームが脱がす。
昼間見た顔があった。
それは、見習いシスターのアンナだった。
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