戦争によって人の尊厳が奪われていく苛烈な状況の中で、それでも人間であり続けようとする意志を描いた物語です。
敵兵イグナートと捕虜ターニャが、盗聴を避けるため「命令」と「筆談」を使い分ける場面が印象的です。
言葉と行動の食い違いが緊張感を生む一方、食事や入浴への配慮といった小さな行為から、ターニャの疑念が少しずつ揺らいでいく過程にも説得力があります。
何より、イグナートは単純な善人として書かれていません。
彼は軍の一員である罪と、妹を救えなかった後悔を抱えながら、自分の人間性を守ろうとする人物として描かれています。
戦争は人を加害者と被害者に分けるだけでなく、良心さえ内側から削り取る。
その恐ろしさの中で、カモミールの花や受け渡される人形が、人間らしさを支える柱になっています。
戦争で失われたものは大きく、その中で生き抜く強さと弱さ。
決して忘れてはならない記憶であると同時に、決して繰り返してはならない惨劇。
筆者様の切実な思いが伝わってくる一作でした。
隣国ウリエルに侵略したノーザリオン軍は、踏み潰した街でほしいままにウリエル人を虐殺し、若い女性を餌食にする。まさに毒牙にかけられそうになっていたターニャを、横合いから奪い取るように連れ出した、ノーザリオンの将校イグナートの真意とは? ノーザリオン軍が闊歩する街で息をひそめるターニャに、イグナートは思いもよらないことを伝えてくるのだった……。
当レビュー筆者は、現実世界の「あの地域」の戦争が思い起こされ、あらためて戦争という行為の残酷さを思わずにはいられなかった。地名こそ架空だけれど、戦争という状況におかれてむき出しにされた人間の醜さは決して絵空事ではない。そんな中、ターニャとイグナートの出会いは、小さな花のような優しくあたたかな感情を読み手にもたらしてくれる。果たして救われたのは「どちら」だったのか。ターニャは生き延びることができるのか。戦争というものを考えずにはいられない現在、非常に読みごたえがあり、重く苦しい中にも爽やかなカモミールが香るヒューマンドラマ。