25◇夫婦
ついに当日――。
ブランシュの髪は短いままだったが、結えない長さではない。なんとかまとめてもらってベールを被った。
ドレスは中古ではなく、まっさらな特注品だ。可愛らしい小花のモチーフがたくさんあしらわれている。
支度を終えるまで男性を入れないので、控室にはメファノの母だけがいた。メファノの母が連れてきた侍女がブランシュの着つけをしてくれたのだが、その彼女もいつの間にかいない。
母は手を伸ばし、ブランシュのベールを整えながら不意にささやく。
「――私がメファノ家へ嫁いだ頃、年が近いせいもあって、とてもよくしてくれたメイドがいました。けれど、彼女は私が身籠るのと同じくして私生児を身籠り、田舎へと帰ってしまったのです。母一人、子一人で苦しい生活をしているのではないかと、私は彼女のことがいつも気がかりでした」
そのメイドというのが、ブランシュの〈母〉であり、シャルロの実母ではないのか。
何故今、急にこの話を切り出したのかと、幸福なこの日に胸がざわつく。
何も知らないでいてほしいと思う父の心とは裏腹に、母は気づいているのか――。
ブランシュの戸惑いに、母は優しく微笑むだけだった。
「どうしてこんな話をあなたにするのかというと、そのメイドはあなたと同じ姓で〈ラファラン〉といったからです。あなたがしていたペンダントと同じものを身に着けていたのを覚えています」
「…………」
「こんなおめでたい日にそんな顔をしなくともよいのですよ。あなたに尋ねたいことは何もありません。ただ私が聞いてほしかっただけです。どうか、あなたは誰よりも幸せになって……」
「ありがとうございます、お母様」
それでいいのだと、ブランシュが何かを背負う必要はないのだと言ってくれている気がした。
そして、ブランシュはたくさんの人に見守られながらヴァージンロードを歩いた。傍らにはメファノ伯――父がいて、ブランシュの手をノアに託す。
ノアは祭典用の軍服を着用しているのだが、ブランシュの目から見ても格好良かった。ベールの下でにやけてしまいそうになる。
ただし、ノアはかなり緊張していた。戦場にいる時の方がリラックスしていたりしてと思ってしまうくらいだ。
煌びやかな法衣を着た牧師が祈祷書を手に、静謐な音楽が流れる中で問いかける。
「新郎、あなたは――」
ドキドキと胸が高鳴る。
これが本当の結婚式だ。
「病める時も健やかなる時も、富める時も貧しき時も、妻として愛し敬い、慈しむことを誓いますか?」
「誓います」
ノアの落ち着いた低い声が聞こえた時、それだけで胸がいっぱいになった。
だから、ブランシュが答える際には涙声になってしまった。
「――誓います」
誓いの口づけは、二人の身長差があるからか、ノアが照れ臭いからか、とても短かった。
これは多分、後に皇帝にノアがからかわれる案件だろう。
たくさんの祝福を受けて、大好きな人と結婚する。こんな幸せが他にあるだろうか。
この日、一番泣いていたのは家令のバルテスだ。彼とブランシュは戦友だから。
華やかな結婚式を終え、ドレスを脱いでもまだブランシュは夢の中にいるようだった。
薬指に嵌った指輪を眺め、何度も触っていると寝室にガウンを羽織ったノアがやってきた。
ブランシュの夫である。そう考えて照れた。
本当にノアと夫婦になったのだ。
「やっと夫婦になれたんですね」
ブランシュがベッドの縁に腰かけて指輪を掲げながら言うと、ノアは何故か笑った。
「いや、これからだろう?」
「これから? まだ婚姻届を出してなかったんですか?」
「出した。そうじゃなくて」
ぼす、とノアが勢いよくベッドに手を突いたから、その勢いでブランシュは後ろに転がった。
「一番大事なことが残っている」
ノアにベッドの上に広がった髪を撫でながら顔を覗き込まれ、ブランシュは思わず赤面した。
「ええと、そうですね。お手柔らかにお願いします」
「それは無理だな」
真顔で即答され、ヒュッと呼吸が止まる。
そんなブランシュを見て、ノアが笑いを噛み殺していた。
「冗談だ」
「普段冗談なんて言わない人が、こんな時に冗談とかやめてください!」
ポカポカとノアの胸板を叩くと、強めに抱きしめられた。
少し息を詰まらせながらブランシュは問いかける。
「……冗談、ですよ、ね?」
「多分な」
「多分っ?」
そうして、夜は更けていくのだった。
【Fin】
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