13

「行こう。那由他くん」

 うながした癖に、京さんは歩き出さない。

 ああ、先に行けってことか。

 渋々通路を進み始めると、背中をあったかい感触が押した。多分、京さんの掌だ。

 なんか勇気が振り切れて、余分なエネルギーが湧いてきちゃいそうだよ。

 面を打った姿勢のままだった刹那が、俺たちの到着で動きだす。

 一旦上段に戻り、続けて中段の構え。

「ひっ」

 その動作を、更なる攻撃へのシフトだと思ったのか、付喪神がホワイトボードまで後退あとじさった。

 頭をかばうように上げた手、怯えるように下がった目には、遠くからでは見えなかっただけで、ちゃんと白目が有る。

 本当だ。そろばんと肉体、容れ物が違うだけの同じ人間。

「ごめんね。脅かすつもりはなかったんだ」

 京さんはちょっと震えている。でも、かえってそれが相手の警戒をゆるめた。

「お前たちは、いったい何なんだ」

「玩具トラブルの解決業をしている者だよ。今日は君に、幾つか聞きたいことがあるんだ」

「信じられないな。話をするだけなら、なんで刀なんか持ってきたんだ」

 ゆらりと『猫目丸』を指差す付喪神。

 同感だ。

「持ち主も含めて、護身用だよ。君が攻撃してこなかったら使うつもりはなかった」

 大したもので、京さんに頭をぽんぽん叩かれても、護身用人間は構えを崩さない。

「だったら、仕舞ってくれよ」

「あんたがそろばん珠をぶつけないって約束するなら、構えを解いてもいいぜ。でも、しまうのはダメだ。だって、鞘取ってくんのめんどうだからな。モチロン約束できねえなら構えも解かねえ――」

 刹那って、相手が付喪神でも饒舌なんだな。

「約束する。もう、こっちから攻撃はしない。どうせ、ぶつかるまえに止められるんだ。やるだけ無駄だからな」

 うん、多分止められないけれどね。

「――突きだって練習――いいのか? 姉ちゃん」

「いいよ」

 刹那は構えを解いた。

 刀の切っ先がそれてやっと人心地付いたみたいで、付喪神は「ふう」っと小さく息を吐く。

「聞きたいことってなんだよ」

「まずは、君が付喪神になったのはいつ頃かな?」

「さあね。こんな風になってから、何日とか何年とか気にしなくなったからな。暗くなったらそろばんの練習を始めて、明るくなったら終わりにする。それだけだよ。ただ、制服が二回変わるくらい前だったのは確かだ」

 付喪神は、刹那と俺の服装を一瞥いちべつした。

「そろばんを玩具に仕立てようとした店の名前は覚えてる?」

「『晴明堂せいめいどう』だ。忘れるわけないだろう。あのオヤジ、仕立てに失敗したら、慌ててそろばんごと骨董屋に売り飛ばしやがった」

「『清明堂』? 聞いたことないな。商売柄、結構広範囲の仕立て屋に顔が利くんだけど。屋号に有名人の名前を騙ってるくらいだから、大方、モグリだろうね。

 じゃあ、最後の質問。この学校で、セカイ語が大きく歪んでいる場所を知っていたら、教えてくれない?」

「セカイ語ってなんだ?」

「今の君を形作っている、異なる世界の層『異層』の法則だよ」

 イソウって、そういう意味だったんだ。じゃあ、阿僧祇氏が勤めているのは、対応課ってことか。

「俺みたいなのが歪んでいる場所か」

 付喪神って自由に移動できるの? 学校全体についての質問だけれど。

 あぁ、昔の付喪神は夜な夜な百鬼夜行パレードしてたんだもんな。

 じゃあ、骨董屋から珠算実習室ここまでは、自力で来たのか?

「そんな場所は、図書室くらいだな」

「ああ、そこは、この間調べたよ」

『夕暮れの目録』か。あれはハズレだったんだよな。

「場所じゃなくて、人じゃダメなのか?」

「どういうこと?」

 京さんが刹那と俺を掻き分けて、全面におどりでる。

 ここに至って、やっと恐怖を克服したのか。それとも、恐怖を忘れる程興味がわいたのか。

「明るい時間だったから、姿はみてないけど。この間、ここに人の気配と同時に身体が揺さぶられて、驚いたことがあったんだ。一回だけだから、珠算部の誰かじゃないのは確かだな」

「姉ちゃん。それってもしかして」

 刹那の声が短く、低い。

「怖い思いをして聞きに来たかいがあった。多分、玩具屋だ」

 玩具屋? また「屋」? それは、仕立て屋とは違うの? 

 俺と付喪神は、視線を交わして首を傾げた。

 質問はできなかった。

 いつも飄々としている新谷姉妹のシリアスな雰囲気が、それを拒んでいた。

「那由他くんありがとう。当たりだよ」

 京さんが振り向いた。満面の笑み。

 でもそれは、俺の心を魅了した「真珠の耳飾りの少女」のそれでは決してなく。

 獲物を見つけた狩人のそれだった。

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