父の名を負わされるという言葉が彼以上に似合う二世もいないのではないだろうか?
本作は、あの、ウォルフガング・アマデウス・モーツァルトの息子で音楽家となった、フランツ・クサーファー・モーツァルト、いわゆるモーツァルト二世の生涯を丁寧に追った作品である。
先行する偉人の存在は、時に残酷だ。幼いころには、憧れの亡父であり、その楽曲を通じて何より素晴らしい導き手となり、目指すべき存在であった父が、長ずるにつれ重くのしかかって来る。死してなお強烈に輝くその光を前にすれば、自分はいつまでも影にしかなれないのではないか。若かりし日のフランツの葛藤や鬱屈にははかりしれないものがある。
しかし、よく言われるように、フランツは葛藤にのみ生きたのだろうか?
本作「あとがき」にあるように、人間はそこまで単純ではない。打ちのめされ、のたうち回りながら、懸命に自分をつかみとろうとする。ときに父の名に嫉妬し、ときにそれを利用し、いつしかそれを受け入れつつ、気づけばそれとは異なる自分を確立しているものだ。
父とは異なる場所で、父から受け継ぐ音楽の栄光を、自分のやり方で伝道していったフランツの誠実な生き方は、読む人の心に穏やかに浸透していく。