第12話 俺を急かすオレンジの灯り(神戸への決意)
店を出て、夕暮れに染まり始めた駐車場を歩く。
背中に刺さる西日が、三日間不眠不休の俺の体を、地面へと引きずり込もうとするほど重い。
相棒のドアを開け、キャビンに転がり込む。
バタン、という重厚な金属音が響き、俺は再び「外の世界」から遮断された。
「……っ、あぁ……」
ハンドルに額を押し当てる。
掌に残っているのは、冷たいハンドルの感触だけじゃない。
さっき、レジでほんの一瞬だけ、お菓子を渡した時に触れそうになった華恋(かれん)の指先の温度が、まだ消えずに残っている気がした。
『また、あとで』
彼女が最後に言ったその言葉が、耳の奥で何度もリピートされる。
ただの接客用語かもしれない。バイトが終わる時にまだ俺がここにいたら、という意味かもしれない。
それでも、今の俺には、それがどんな高価な報酬よりも価値のある約束だった。
俺は遮光カーテンをきっちりと閉めた。
わずかな隙間から漏れるオレンジ色の街灯が、キャビンの中を斜めに切り裂く。
「……よし。三時間だけ、寝る」
自分に言い聞かせ、寝台の毛布に潜り込む。
エンジンのアイドリング振動が、心臓の鼓動と重なって心地いい。
いつもなら、横になった瞬間に意識が飛ぶはずだった。
でも、今日はダメだ。
目を閉じると、さっきの彼女の笑顔が、暗闇の中に鮮明に浮かび上がる。
俺が北海道で買った、あのお菓子。
彼女は喜んでくれた。
「……馬鹿だな、俺」
二十五歳の男が、たった数分、十九歳の女の子と喋るために、二千キロを命懸けで走ってきた。
鮮魚をバラ積みして、ホワイトアウトの東北道を震えながら越えて。
そんなこと、本人には一生言えない。
重すぎるし、何より、格好悪すぎる。
でも、この不器用な生き方しか、俺は知らないんだ。
この数時間の休息が終われば、俺は再びハンドルを握り、最後の目的地・神戸へと向かう。
神戸で荷物を下ろし終えれば、この航海は本当の意味で終わる。
「待ってろよ……」
俺は、彼女がくれたお守りのキーホルダーを指先でそっと弾いた。
窓の外、吹田のインターチェンジへと消えていく車の走行音が、俺を急かすように遠くで響いている。
俺は泥のような眠りの中に落ちていきながら、心の中で、まだ見ぬ神戸の夜景と、彼女の笑顔を重ね合わせていた。
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