第1章 ボヘミアの冬への応援コメント
@jbvanhalさま
こんにちは。
チェコ人はみな音楽家だ、などという言葉もありますが、貧しい農家にも、一丁のヴァイオリンがあったというのはまさにそれだなあと思いました。
そこに生まれたひとつの才能が伯爵夫人に認められウィーン行きが現実のものとなったのは、もちろん運も大きかったのでしょうが、多くの人を引き付ける素晴らしい才能だったことの証拠でもあるのでしょうね。
作者からの返信
コメントありがとうございます。謎が多い人物ですが、彼はボヘミアの農民しかも土地に縛られる農奴の出身と言われています。ご指摘の様に、その卓越した才能を見抜いた支援者、教師に引き上げられ、ついには領主から自由を獲得していったと想像されます。それだけ周囲が放っておけない才能だったということでしょうね。
第3章 カール・ディッタースとの出会いとサロンデビューへの応援コメント
@jbvanhalさま
こんにちは。
ウィーンでヴァンハルと名を変え、出自を恥じつつも、演奏を始めると耳の超えたウィーンっ子をも黙らせるゆるぎない音を響かせられるのは素晴らしいですね。
当時、ウィーンが音楽の都出会ったのは間違いないと思いますが、プラハはどのような扱いだったのでしょうか?
作者からの返信
いつもご愛読いただきありがとうございます。
深く、じっくり読んで下さってうれしいです。
ヴァンハルの人生については、謎が多く推測で書いている部分が結構あるのですが、物語の進行上の時系列と史実ははなるべく尊重しています。
内面描写は私の推測です。
18世紀後半のプラハも、間違いなく音楽界における重要拠点であり、しかも街の音楽への評価の確かさは、後年モーツァルトがウィーンでいまいち受けなかったフィガロが大ヒットし、ドン・ジョバンニに繋がるという実例が証明している様に思います。
私が仕入れた情報では、優れたボヘミアの音楽家程より良い待遇やチャンスを求めてウィーンに集結したということ、あとはヨーゼフ2世の改革でプラハの音楽シーンに重要な位置を占めていた修道院等の宗教施設が影響を受けたことも背景にあるということです。
物語では、まだ朴訥な青年ヴァンハルですが、ウィーンに出る時点で領主から目をかけられる程にはなっていて、より自信を持ってウィーンに乗り込んだのかもしれません。ここも推測に過ぎませんが。文献や資料によっては、彼が音楽で稼いだ金をためて、農奴の身分からの自由を買ったという記述もあります。何が本当の情報かは分かりませんが。
尚、今回の作品については海外のヴァンハル協会https://wanhal.org/というところに「史実にフィクションを混ぜた小説を書いている」という連絡をしたところ、是非読みたいということだったので、英訳して原稿を送っています。日本人が彼に興味を持って物語にしていることを面白がってくれているのかもしれません。