第14話
「本当に、帝国はそんなことを……」
「ああ。事実だ」
まだ混乱しているフレッドに、ヴァローナは頷く。彼女は語り始める前より随分と疲れた様子だった。
「じ、じゃあ、僕らの任務には何の意味があるんですか?」
フレッドは、縋るように聞く。
ヴァローナなら、きっと何か力強い言葉を返してくれるはずだ。自分の疑問や不安など一喝で払ってくれるはずだ。フレッドにはまだそんな甘えがあった。
「……分からない」
だがヴァローナの口から溢れた言葉は弱々しく、寂しげだった。そこにいたのは、いつもの勇敢で冷静な女軍人ではない。核戦争の犠牲になって全てを失った、一人の若い女性だった。
「これまで、私は一度だって任務に疑いを持ったことはなかった。いつだって私は、全ては帝国のために、国民のためになると信じて……」
ヴァローナは俯く。
フレッドは、ヴァローナに対していつもと違う種類の感情が湧き上がってくるのに気付いた。
憧れではないし、ましてや幻滅でもない。
それは温かみのある感情だった。
「私たちが向かう首相官邸に、もしまだ当時の政府が残っていたら……。私は、どうすればいいんだろうか?」
語り終えたヴァローナは、口を閉ざした。その瞳の奥には、怒りと悲しみが入り混じっている。
政府に対する怒りと、滅んでしまった国家に対する悲しみ。ヴァローナはフォレスト帝国への愛国心を決して失ってはいない。だからこそ、国を滅ぼしておきながら、のうのうと生き延びた政府に怒りを覚えるのだ。
だが政府とは即ち国家の頭脳だ。ヴァローナが軍人としての規律に従う以上、彼女が政府の残党に対しできることなど何一つとしてない。
第13師団の方針が変わらない以上、ヴァローナは政府に敵対することなどできないのだ。数名の政治家など自動小銃一挺でどうとでもできるのに、でもヴァローナには何一つとしてできない。
ヴァローナは無力感に苛まれていた。
公園の中に不気味なほどの静寂が広がる。木々のざわめきがやけにうるさい。
何かを伝えたい。だが、何を伝えればいいのか分からない。
フレッドはそんな感覚に囚われる。
彼は指を忙しなく組み合わせたり、俯いたヴァローナに手を伸ばしたりして、その動きのどれもが中途半端なまま終わった。
「……10年ほど前でしょうか」
フレッドはようやく口を開く。臆病で内気なフレッドに、ヴァローナを慰めることなんてできない。彼にできることは、ただ寄り添うことだけ。
「僕は幼い頃に両親を亡くして、ずっと一人で生活していました。でも、知っての通り僕は臆病者で、他の孤児たちみたいに盗みとかはできなかったので、いつも餓死寸前でした」
ヴァローナは軽く顔を上げる。
「ある時、全くと言っていいほど食料が手に入らない時期がありまして。配給を取り合って大人たちと押し合いへし合いする体力もなくて。本当にもう餓死するしかないと思いました。でもその時、一人の軍人が、わざわざ僕に食料を分けてくれたんです。いつ犯罪組織や連邦軍に襲われるかもしれない状況下で、ですよ。わざわざ隅の方でうずくまっていた私のところまで来て、食料をくれたんです。おかげで、僕は死なずに済んだ……。僕はあの人みたいに、誰かを助けられる人になりたい」
フレッドは一息にそう言って、気恥ずかしそうに俯く。
「それは……」
ヴァローナは何かを言いかけて、口を閉じた。
彼女には覚えがあった。フレッドによく似た少年に、食事を与えた記憶が。配給場所の隅でうずくまっていた姿があまりにも哀れで、忙しい合間を縫ってその少年に歩み寄り、思わず食料を渡した。
あの少年は、フレッドだったのか。
私は、誰かを助けるような人間じゃない。ヴァローナはそれを理解していた。あの時にフレッドを助けたのは、単なる気まぐれだ。私はいつだって、命令に盲従してきた。自分では何一つとして考えず、僅かに疑うことすらしなかった。
食料配給だって命令されたからやっているだけ。フレッドの面倒を見ていることだって、軍から命令されたからだ。
そして命令のために、大切だったはずの命を生還の難しい戦地へと送り出す判断を、まるでそれが当たり前のことであるかのように下してしまった。
フレッドは、誰かを助けるために戦っている。でもヴァローナは、もう滅んだ祖国を言い訳にして、結局は他に行き場がないから軍にいるだけだ。
考えれば考えるほど、ヴァローナは強い孤独を感じる。これまで命令に盲従してきたツケが回ってきたのだ。一度考え出すと、後悔は止まらない。ヴァローナはもう動けなくなってしまいそうだった。
「ヴァローナ曹長。僕は臆病です。土壇場になって何もできなくなるかもしれない。貴方の足を引っ張ることしかできないかもしれない。でも僕は、たとえ貴方が何をしようと、貴方を支え続けます」
だが、心細い時に聞くフレッドの声は、普段の臆病な様子からは想像もつかないほどに力強い。
何とかできるかもしれないという気持ちにさせてくれる声だ。
この男は、きっと途轍もなく仲間思いで、優しいのだろう。
ヴァローナはふっと顔を上げ目を瞬くと、いたずらっぽい笑みを浮かべる。
「どうかしましたか?」
「いや……。貴様にしては珍しく、堂々と告白みたいなことを言うなと思ってな」
「それは……! その……。あの……」
フレッドは顔を赤くしてヴァローナに近づけていた体を後ろに引く。恥ずかしさからその言葉を否定しようとしたフレッドだが、その恥ずかしさも徐々に消えていった。もう今更だ。
「はい。ぼ、僕は、貴方のことが好きです」
フレッドは認めた。ずっと憧れていたヴァローナに自分の想いを伝えるチャンスは、これが最後かもしれない。フレッドにはそんな思いもあったのだろう。
何より、自分の言葉でヴァローナが笑顔を浮かべてくれたことが、フレッドは嬉しかった。
「……ありがとう、フレッド。貴様を連れてきてよかった」
ヴァローナはそう言って立ち上がると、小柄なフレッドの体に手を回して抱きしめ、その温かさに心の底から笑顔を浮かべる。
その顔は優しげで、綺麗だった。
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