第8話 綺麗事
雨の降りしきる中、研ぎ澄まされた黒い刃と、ふれた雨を即座に蒸発させる出力の光刃が交わる。タナカに人為的転成者だと見抜かれた私に行動の選択権はない、状況に応じるのみである。刀を抜いたタナカに抵抗することを選んだ私は元勇者の猛攻に喰らいつくので精一杯だ。
「やるじゃないか、俗人ならもう死んでおるぞ。」
「二度も死んではいられんのでね!」
一応私も剣の心得はある。ヨーロッパ支部での形骸化していた刀剣の訓練がこんなところで役に立つとは予想外だった。案外と人生に無駄はないのかもしれない。
気持ちが悪いのは自分の繰り出す技をすぐに見切り、応用して使用してくるタナカの技量だ。剣技だけじゃない、初手に利用した拳銃の光弾までまねて使用してくる。支給された服はすでにズタボロになった。痛覚もなく即時再生できるがこうも一方的だとますます気分が悪くなる。こうしてまた力が入りすぎてしまい、私の攻撃は当たらない。
「コーディ君、もしやスキルを持っていないのかね?」
「認めたくはないが、老兵相手なら技量で劣りもするだろう。」
「違う、先天的に与えられる方だ。……その顔を見るあたり知らないようだな。」
私にみられる顔はないだろう。やはりこの男、視覚以外の何かで見ている。
スキル、恐らくはタナカが使う模倣のように歴代転生者はあらかじめ技量的な面でも恵まれているのだろう。私にそんなものがあった覚えはない。素晴らしい防御力と火力だけ持ちつつ、戦闘IQや技量は転生前のままだ。そうでありながら抵抗できていることにタナカは驚いていると見ていいだろう。
「Mr.タナカ、先ほど綺麗事だけでは生きていけぬと言ったな。」
「そうだとも。」
「だが大人に“ならねばならぬ”とも言った。利権に塗れることを良きとするなんて、心の底からは思っていないだろう!勇者として振る舞ったのなら分かるはずだ、正義を貫くことの尊さを。薄汚れた世界でもせめて正しくありたいと、そう思わねば務まらないはずだ!!」
「……ほぉ。」
「私も同じだ、UNSIAで捜査官の仕事を引き受けたのは成り行きじゃあない。前世からだ。この職を選んだ理由は、続ける理由変わらない、自らが社会同様汚いと理解しつつも人を助けたかった!あなたと同じはずだ!!」
別に彼の人間性を信じたわけではない。ある意味賭けだ。
人間というのは一定以上の欲求が叶うと、自己の欲求から社会貢献や人道行為をしたくなる。勇者としての名声、豪勢なパーティを開ける財力、会場にいた奥様と思しき女性。高齢でもある。タナカは自己の欲求は満たし終えていると見て良いと踏んだ。
その上で正義を説く。世界のためになるかもしれないと思わせ、自分も同じなのだと共感を誘えれば話が通じるかもしれない。建物内から眺めるギャラリーも現れ始める。格好のつかないことなど言えぬはずだ。
「…以上かね?」
「これ以上ないだろう。」
鍔迫りで硬直する状況を打ち破ったのは戻ってきたマキだった。セキュリティが危ないからと止めるのも振り払って堂々と雨の降る庭園へと出てくる。ドレスのスリットから取り出した拳銃をこちらへと向ける。感情のない目から溢れ出る殺意を私は察知した。流石に
「マキ、止まれ。」
「それをどうするつもりだね。」
ここで不意打ちをしないあたりタナカのこちらへの警戒が低下していることは間違いない。なんなら撃たれることを危惧してかタナカの心拍数が上昇している。
バァン!!
マキは引き金を引いた。そこに一切の躊躇はなかった。
狙いは正確に、私の胴体へ鉛玉が突き刺さった。想像以上の威力で足裏が地面から剥がれ、数メートル転がった。呆然とするタナカにマキは平謝りしていた。頭を掻きつつ刀を収めたタナカは奥様に頭を叩かれたのち連れて行かれた。
「じゃあ今回は護衛ロボットの暴走ということで…」
「久しぶりにタナカさんの剣技見れたな、かっこよかった〜!!ロボットもいい立役者だったね。」
「さすがだねぇマキ王女。魔族王室に育てされた人間で、その上UNSIAの捜査官だなんて伊達じゃないよ!!」
見物人はこのハプニングを楽しんでいたらしい。大ごとにならなくてよかった。今回に至っては完全に私の失態だ。なんらかの処分が降ることは覚悟しなければならない。ややタナカがこちらに気をかけてくれれば、天蓋の教団に報告という最悪のシナリオは防げるが……望みはないだろう。都合が良すぎる。
奥様が自分の孫のようにマキを撫で回しているので、外面では株が上がったのだろう。マキが天蓋の教団側と仲良くなったり…これも都合が良すぎる。前世の捜査官の仕事でもこんな失態はしたことがない。自覚できるレベルで動転している。
遅れて駆けつけてきたリンゴに回収される形で私はパーティ会場を後にした。
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