第19話:怠慢のログと、品格なき『ざまぁ』

 正解はA。……私が持っている『壊れた方位磁石コンパス』を、鍵として挿入口(スロット)に差し込むことだ。


 このコンパスは、元々この船の予備部品(スペア)を転用したもの。針が動かないのは、船の動力源である「魔石」の固有波長に固定されているからに他ならない。これを差し込めば、物理的な鍵など不要で扉は開く。




「……下がってください。照合を開始します」


 アトラスは、壊れたコンパスを鍵穴にねじ込んだ。


 直後、不気味に明滅していた紫の光が一点に収束し、重厚な金属音が鳴り響く。


「……開きました。……これで作戦環境の安定(クーラー)が確保されましたね」



「言い方ぁぁぁ!」



「『涼しくて助かったー!』でいいじゃない! なんで作戦環境とか言うのよ!」


 エルザが叫びながら、開いた扉の中へ飛び込んだ。


 そこは、外部の熱砂が嘘のような冷気に満ちていた。動力室の緊急冷却システムが、わずかに生き残っていたのだ。


「……あ、ああぁ……。……冷たい。……最高です……」


 わしはアトラスに背負われたまま、彼の呟きを聞いた。


 ……おや。


 あのアトラスが、これまでの冷徹な鉄面皮てつめんぴをどこへやったのか、とろけそうな、実にだらしない顔をして冷気に当たっている。


「……ちょっと、アトラス。あんた、そんな顔もできるのね。……まるで、休日明けの仕事中にサボりを見つけたおじさんみたいな顔よ」


「……失礼な。……これは、脳細胞のオーバーヒートを防ぐための、合理的な冷却反応です」



「言い訳ぇぇぇ!」



「ただ単に、涼しくて幸せなだけでしょ! 素直に喜びなさいよ!」


「……さて、業務に戻ります。……エルザさん、あそこを見てください」


 アトラスは早口で誤魔化し、部屋の中央に鎮座する「記録魔石」を指差した。


 そこには、墜落の瞬間のログが刻まれている。アトラスが操作すると、空間にホログラムが浮かび上がった。




『……出力異常? 気にするな、最新の魔石だぞ。……整備記録? そんなの、三十過ぎの老害がやる仕事だ。俺たちのセンスで飛ばせばいい……』




 映し出されたのは、ビランたちが整備をおこたり、最新の魔導具を過信して笑っている姿だった。


「……これが墜落の真実です。若さという免罪符に甘えた、致命的な管理ミス。これを王宮へ持ち帰れば、我々に対する『不当な遺棄いき』が立証され、彼らの社会的生命は絶たれます」


 アトラスの冷淡な宣告が、部屋の冷気に響く。


 すると、それまで静かに拳を握りしめていたエルザさんが、腹の底から絞り出すような絶叫を上げた。




「『ざまぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!』」




 動力室に、聖女らしからぬ、だが最高に魂の乗った罵声がこだまする。


 わしは思わず吹き出した。いいぞ、聖女様。それくらいの元気があれば、まだこの砂漠で生きていける。


「……ちょっと、エルザさん。今の絶叫で、呼気から約100ミリリットルの水分が失われました。……聖女としての尊厳(プライド)と一緒に、貴重な資源を垂れ流さないでください」



「言い方ぁぁぁ!」



「いいじゃない、これくらいの喜びの舞は! あの若造たちの顔、今すぐ拝んでやりたいわ!」


「……さて、業務に戻ります。……感情の出力は最小限に」

 

「……まずい。この魔石が放つ波長が、外部の磁場嵐を誘引しています。……強大な磁力線が、ここへ収束を開始しました」


 アトラスが、砂の上に問いを刻む。


「さて、エルザさん。分岐点です」



「A:この記録魔石を無理やり引き抜き、この場から脱出する。」


「B:ここで一度扉を閉め、救助隊が来るまで『冷房の効いた部屋』で粘る。」



「……どちらが、我々の『証拠』を砂に埋めさせない選択だと思いますか?」

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