かつて格闘ゲームで見知らぬ相手と対戦できる場はゲームセンターだけだった。ちょっと強い相手に当たれば一方的にボコられるし、100円玉もみるみるうちに溶けていく。それに較べると、自宅にいながらオンラインで世界中の相手といくらでも対戦できる現代は素晴らしい環境と言えるだろう。しかし、ゲーセンにはネット対戦では味わえない独特のドラマがある。そのことを証明してくれるのが本エッセイだ。
時代は今から10年以上前の2014年、格闘ゲームの初心者だった作者は30才を目前にして『恋姫†演武』と出会い、急速にドハマりしていく。対戦相手を求め人生で初めてゲーセンを訪れ、掲示板やSNSで対戦が活発な場所を探し、さらには地方まで遠征するようになる。当然最初は連敗続きなのだが、自分より上手いプレイヤーたちと交流を深めアドバイスをもらうことで少しずつ上達していく。その過程がとても良い。
ちゃんとゲームシステムや用語の解説、何より対戦中の心理描写が丁寧に描かれているため、『恋姫†演武』をプレイしたことがなくても、格闘ゲームをやったことがある人が読めばプレイヤーの心境やゲームの楽しさはしっかりと伝わってくる。またライバルでもあり師でもあるプレイヤーの人たちがどれもいい味を出しており、中には突然一方的に凄く有意義なダメ出しをしてきた上に、それが最初で最後の会話になったなんて人もいて、ゲーセンならではの空気や関係性が上手く切り抜かれている。個人的にはとある猛者が自分たちがプレイしているのがマイナーゲーであることを自嘲している一幕がとても印象に残った。
タイトル通り初心者が全国大会に出場できるまでの上達を描いたエッセイでもあるが、それと同時に、格闘ゲームの中心がゲーセンから完全にオンライン対戦へ移行する過渡期を背景としているため、一つのコミュニティに人が集まり、やがて散り散りになる哀愁を描いた青春小説としても楽しむこともできる。格闘ゲームが好きな人、かつてゲームセンターに通っていた人にはぜひ読んでもらいたい一作だ。
(「ゲームの世界の向こう側」4選/文=柿崎憲)