この物語が描くのは、
日常の仕事のすぐ隣に潜む、
人間の底知れない暗がりである。
清掃員の淡々とした語り口が巧みだ。
湿った布団、アンモニアの臭い、
生活感のない部屋のちぐはぐさ。
五感に訴える描写が積み重なるほどに、
言葉にされない不穏さが膨らんでいく。
家具の裏から現れたカビの形。
その瞬間、それまでの違和感が一本の線でつながる衝撃がある。
しかし本作の真の恐ろしさは、
カビそのものではなく、
誰も口にしない沈黙の方にある。
「その先は言うな」と首を振る先輩。
「いいんです」と繰り返すおばさん。
語らないことで輪郭を帯びていく真実が、
最後の一行で静かに突きつけられる。
読み終えたあと、
あの疲れた顔のおばさんの心の内を想像して、
しばらく動けなくなる作品だろう。