第30話 崩壊の予兆

 王城の方角から響いた爆音は、石畳を震わせるほどの衝撃を伴っていた。

 煙が立ち昇る空を見上げながら、俺は短く息を吐く。


「……やられたな、完全に」

「喋ってる場合じゃないわよ、レオン」


 正面には『流星』の魔法を構えたアルベルトが視線をそらしていた。


「ルミナ! 今だ!」

「はい! 『聖櫃』!!」

「なッ……! しまった……!」


 王城の爆発に気を取られていたアルベルトに『聖櫃』が直撃する。


「これ! やったんじゃない!?」


 それはフラグだ……! 馬鹿!


 爆発の衝撃で土ぼこりが舞い、彼の生死を確認できない。


「……やっぱりな」


 土ぼこりが晴れた先に、アルベルトの姿はない。


「いないなら王城へ行きましょう。あっちが本命でしょ」


 アリシアの声はいつになく強張っていたが、その足取りはすでに走り出していた。

 ルミナも遅れることなく続く。


「王城内部で爆発規模を考えると、被害はかなり広範囲になるはずです。急ぎましょう」


 俺たちは言葉を交わす余裕もなく、大通りを駆け抜ける。

 途中で何度か憲兵とすれ違ったが、誰一人として状況を把握できている様子はなかった。

 それだけ今回の襲撃は想定外だったということだ。

 数分後、王城へと到着する。

 門は半壊し、煙と粉塵が視界を曇らせていた。


「酷い……」


 アリシアが呟く。

 その声は怒りと焦燥が混じっていた。


「大広間だ。音の中心はそこだろう」


 俺の言葉に二人は頷き、崩れかけた廊下を進んでいく。

 瓦礫を踏み越え、焼けた匂いを吸い込みながら進むその先。


 ――そして、たどり着いた。

 大広間。


 だが、そこはすでに広間とは呼べない状態だった。

 天井は崩れ、床は抉れ、壁は黒く焼け焦げている。


 その中心に――


「ようやく来たか」


 立っていたのはギデオン・ヴァルディアだった。

 その隣には、異形。

 人の形を保ちながらも、明らかに人ではない存在。

 黒い翼を背に広げ、皮膚は灰色に変色し、血管のような魔力が脈打っている。

 サラザールだった。


 その右腕には――


「団長……!」


 アリシアの声が震えた。

 サラザールの腕は、憲兵団団長の胴体を貫いていた。

 滴る血が床に落ちる音がやけに大きく響く。


「……来たか、レオン……」


 かすれた声がこちらに届く。

 まだ生きている。


「喋るな、今すぐ――」

「聞け」


 短く、それでも確固たる意志を持った声だった。


「時間がない……これは……内側からの崩壊だ……」


 血を吐きながら、それでも団長は続ける。


「止めろ……あとは、頼んだ……」


 その言葉を最後に、力が抜けた。

 サラザールの腕から滑り落ち、床に崩れる。

 静寂が落ちた。


「……あとは頼んだ、か」


 低く呟く。


「魔族崩れはあたしたちに任せなさい。あんたはもう一人を止めて」


 その手は震えていたが、剣を握る力は緩んでいなかった。


「頼んだ」

「行くわよ、ルミナ」

「はい」


 二人は同時に前へ出る。

 恐怖はある。

 だが、それでも踏み出した。

 それだけで十分だ。


「任せた」


 俺は一言だけ告げる。


 二人は振り返らない。

 そのままサラザールへと向かっていく。

 魔力がぶつかり合う音が響き始めた。


 炎と光が交錯する戦場の中で、俺は視線をもう一人へ向ける。


「さて」


 ギデオン・ヴァルディア。

 父親。

 そして、この全ての黒幕。


「ずいぶん派手にやってくれたな」

「王城とは象徴だからな。壊すにはちょうどいい」


 淡々とした口調だった。

 そこに感情はほとんどない。


「目的は絶対王政の破壊、だったか」

「理解が早くて助かる」


 ギデオンはわずかに口元を緩めた。

 それは笑みというより、評価に近いものだった。


「だが、まだ足りない。混乱が、恐怖が、憎悪が」


 ゆっくりと歩み寄ってくる。


「人はそれらによってしか動かん」

「だから勇者を解き放ったのか」

「そうだ。あれは良い駒だ」


 何の躊躇いもなく言い切る。


「暴力で民を恐怖に陥れ、貴族同士の不信を煽る。これ以上に使いやすい存在はない」

「……最低だな」


 思わず口から漏れた。

 だがギデオンは気にした様子もない。


「評価はどうでもいい。結果だけが重要だ」


 その目が、俺を捉える。


「そしてお前もまだ、利用価値がある方の人間だ」

「あんたの評価なんざいらないね」


 即答だった。


「俺はあんたを潰すためにここにいる」


 一歩、踏み出す。


「全部暴く。あんたの計画も、魔王との関係も、全部だ」

「できると思っているのか」

「できるさ」


 迷いはない。


「確かに俺には武力はない。でもな」


 視線を逸らさずに言い切る。


「俺には新聞がある。お前たちを追い詰める言葉の刃がある!」


 沈黙が落ちる。


 次の瞬間。


 ギデオンの背後で爆発が起きた。

 ルミナの神聖魔法と、サラザールの魔力が衝突した衝撃だ。

 戦場はすでに限界に近い。


「時間切れだな」


 ギデオンが呟く。


「今日のところはここまでにしておこう」

「逃げるのか」

「退くだけだ」


 その姿が、影に溶けるように薄れていく。


「次は、もっと面白くなる」


 最後にそう言い残し、影に溶けるように完全に消えた。

 残されたのは崩壊した大広間と、激しい戦闘音。


「レオン!」


 アリシアの声が飛ぶ。

 振り向くと、サラザールがこちらへ標的を変えていた。


「ちっ……」


 状況は最悪だ。


 だが――


「記事のネタには困らないな」


 口元がわずかに歪む。

 王城爆破。

 憲兵団長の死。

 魔王軍との繋がり。


 そして――


「ヴァルディア家の反逆」


 全部まとめて叩きつけてやる。

 俺は前へ出る。


「来いよ、魔族」


 迫る魔の手を正面から受け止める。

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