ヌポーツワクチン接種派生
ワクチン接種。
日本人であればよく聞く言葉だろう。
産まれた頃からワクチンを一度も摂取していない人間は恐らくごく少数だ。
「……ワクチンそのものは、カイの設備で作った。カイの故郷に存在する五種混合ワクチンをベースに、成人してからかかるとマズい病気のワクチンを合成してもらった。一応、私で既に実証試験は行って、問題が無いのは確認している。副作用は少し出るかもしれないけど、すぐに治る範疇」
「な、なるほど。ってかすげぇな、この設備。ワクチンまで作れちまうのか」
「……ミニロボに言ったらできたからやってみた」
そしてリセルは、この世界において初めてワクチンを接種した人型生命体だろう。
医者の卵としてワクチン接種を主導する彼女は白衣を着ており、初めて会った時よりもはるかに清潔そうな見た目になっている。
医療設備内に作られた彼女専用の診察室には、ノートや参考書が大量に置いてあり、更には医療器具が納められた棚があったりと、彼女が医者として頑張っている様子が見て取れる。
ちなみに、投与したワクチンはエルフ用と猫獣人用で作り分けているため、人間用のワクチンを打った結果恐ろしい事故が……という事は無い。
エルフ用のワクチンはリセルの血液から、猫獣人用のワクチンはクララの血液からDNAを採取し、ワクチンをそれに合わせたため、万が一という事はない。
「にしても、マジで医者としてやれるくらい勉強したのか……俺の故郷だと、医者になるなんて相当優秀な奴しか無理なんだぞ?」
「……精霊魔法で知力を少し強化したから、覚えは早い。それでも医者としてはまだまだ。正直、カイの故郷の知識には毎回驚かされている。どれだけの知識と実験を重ねていけば、人体についてここまで理解できるのか……想像すらできない」
リセルは今回のワクチン接種を主導するため、ミニロボからそれに必要な知識を叩き込まれたに過ぎない。
実際には医者としてはまだまだであり、勉強中もいい所だ。
彼女は外科をベースに内科も納め、そこから更に色んな分野の知識を納めていく予定なので、看護師レベルの事が限界な現状は、まだ満足が行くものではなかった。
「……いつかは手術もできるようにする。目指すはブラックジャック」
「そりゃ心強いが……ブラックジャック読んだのか?」
「……あれはいい漫画。医学を学べばどんな人も助けられると思っていた私の心にグッときた」
面白いし名言がたくさんあるのは否定しないが、どうやらあの名作は彼女の心に足跡をしっかりと残したらしい。
「……そういう訳で、カイ。集落の方に周知よろしく。リィンとクララ、クラウディアにも」
「わかった。リィン達には強制させるが、集落の方はあくまでも希望者だけだ。無理強いはしない」
「……分かっている」
「それならいい。で、接種はどこでやるんだ? ここに呼び込むのはちょっとごめんだが……」
「……医療用のビークルを改造して、ワクチン接種に特化させた。既にそこに集落の人数分のワクチンを運び込んである」
「分かった。じゃあ、まずは3人を呼んでくるから、その後に集落に行こう」
「……了解」
カイはワクチンを新たに打つ必要が無いので、対象者を呼んでこれば、あとは未来のブラックジャックによろしく、だ。
今日は家で漫画やら小説を読みながらゴロゴロとしているリィンとクララ。それから、クラウディアに召集をかける。
急にちょっと来てと言われ、そのまま医療設備の所まで連れてこられた3人は頭に疑問符を浮かべていた。
「カイさん、今から何をするんですか? わたし達、病気も怪我もありませんけど……」
「今からやるのは病気の予防だよ。クラウディアさん、今まで集落で、弓なりに体が沿って痙攣して、そのまま亡くなった人っていませんでした?」
クラウディアはカイの質問を聞くと、驚いたように目を見開いた。
「えぇ、偶に出ていたけど……原因は分からないわよ? 呪いとか、悪い事をしたから罰が当たったとか……そういう曖昧な事しか言われてなかったけど」
「わたしの集落でもありました。悪魔が憑りついたとか、色々と言われてて……ホント、怖かった覚えがあります」
「リィンも見たことがあったか。その病気ですけど、俺の国だとしっかりと原因とかも分かっていたんです。なので、それを予防するための薬なんかもあったんですよ。なので、今からその薬を3人には投与されてもらおうかと」
その言葉にリィンとクラウディアはかなり驚いていた。
見ている側からしたら、悪魔に憑りつかれたようにも見えるあの様相は、医学の知識がない集落の人間にとっては呪いや天罰にしか見えなかった。
それが病気で、しかも原因がしっかりと分かっていると言われると、驚かざるを得なかった。
そもそも、あれは呪いや天罰じゃなかったのか、という驚きもあったが。
「えっ、凄いじゃないですか! ちなみに、原因って何なんですか?」
「あー……確か、土壌に休眠状態で存在している菌……目に見えないくらい小さな生物が居てな。そいつが傷口から体内に侵入すると体の中で暴れまわるんだ。それが原因だな」
「そ、そんなのが居るのね……そういえばあの呪いで死んだ人って、怪我をした後に畑仕事をしたりしていた人だったような……」
「というかそれ、割となりやすいですよね……? えっ、怖いんですけど……」
「だから、その恐怖を取り除くための薬だ。予めそれを注射しておけば、感染リスクを一気に落とすことができる。体の中で暴れまわる前に、体が菌を殺してくれるんだよ」
ぞっとしたのか、顔色を少し悪くするリィンとクラウディア。
クララだけはピンと来ていないのか、小首を傾げたままだ。
とは言え、だ。この感染リスクは注射によって激減させることはできる。それでも感染する可能性は0とは言えないが、かなり減らすことはできるだろう。
そういう訳で、話すのも程ほどにして医療設備の中へ入り、リセルの診療室へと入る。
「リセル、3人を連れて来たぞ」
「……ありがと。それじゃあ、早速ワクチンを注射しようか」
「えっ、あの、注射って何をするんですか……?」
連れて来たなら早い、と早速注射を行おうとするリセルだったが、何をやらされるのかさっぱり分からないリィンは代表してリセルに問いかける。
リセルもその言葉を聞いて、そういえば注射なんて馴染みは無かったか、と納得してから、投与予定のワクチンが入った注射器を一つ取り出した。
「……この器具の先端には針が付いている。これを刺して、体内に薬を直接入れる」
「は、針で刺すんですか!? しかも体の中に薬を入れるって……」
「……不安? それじゃあ、カイ。試しに打たれてみて」
「え? 俺? いいけど……俺に何を注射すんだよ」
「……ミニロボ達が作った、カイの故郷にない病気への免疫ワクチン、らしい。ちょっと私には難しすぎて分からなかった。けど、私も自分に打って副作用とかが出ないのは確認済みだから安心して」
「そんな人体実験せんでもらっても……分かったよ、それじゃあ頼むわ」
「えっ、ちょっ、カイさん!?」
後ろでリィンがとやかくうるさく、クララとクラウディアも聞いたことが無い治療法に絶句しているが、とっととワクチンは済ませる。
アルコール消毒をして、血管を探し、針を刺して薬を注入する。
チクっとするが、所詮はその程度で慣れたもの。注射が終わったらすぐに針を抜き、針を刺した箇所を止血する。
「……終わり。うん、慣れてるから楽だった。それじゃあ、このガーゼで止血だけお願い。それと、1日は激しい運動と飲酒を控えて」
「了解。ほら、こんなもんだ。筋肉注射じゃないし全然痛くないさ」
「……カイは昔からこれを何回かしているから慣れている。けど、私だってすぐに慣れたし、何なら自分でやっている。それとも、狩人はこんな細い針に刺されるのも嫌なくらい弱っちいの?」
この中で一番戦闘力が低いカイですら我慢できる程度。
それすら我慢できないのか? と馬鹿にされたリィンはカチンと来たようで。
「よ、弱くないですけど!? こんなの楽勝ですけど!? 耳を切られた時よりも遥かに楽勝ですけど!?」
「……じゃあ座って。はよ。後がつっかえてるから」
「あっはい……」
ここまで言ってしまえば逃げられない。リィンは観念して席に着き、袖を捲ってリセルに手を差し出す。
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