夜の処方箋  - 2036年の孤独と静寂 -

Algo Lighter アルゴライター

【序章】 完璧な世界の裏側で

2036年。


夜の地球は、青白い静寂に包まれていた。


かつて不夜城と呼ばれた大都市のネオンはとうの昔に姿を消し、窓から漏れる光さえない。


人々は眠っているのだ。ただ眠っているのではない。


全人類が脳波プラグを通じて、巨大なサーバー「ソムヌス」に接続し、最適化された完璧な夢を見ている。


​ソムヌスの中央監視センター。


デバッガーの青年・ケイは、眼前に広がる無数のホログラムモニターを無機質な瞳で見つめていた。


モニターには、世界中の人々の「バイタルサイン」と「夢の満足度」が緑色の波形となって流れている。


争いも、飢えも、失恋の痛みも、この世界には存在しない。


AIが個人の深層心理を読み取り、毎晩その人間にとって「最も幸福で、最も心地よい物語」を生成し、脳に直接流し込んでいるからだ。


​「……今日も平和だな」


​ケイのつぶやきは、誰に届くこともなく冷たいサーバー室に吸い込まれた。


しかし、ケイの視線が一つの小さな波形に止まる。


完璧なはずの幸福度グラフに、ごくわずかな「ノイズ」が混じり始めていた。


対象者のストレス値が、微かに、しかし確実に上昇している。


システムは瞬時に対象者の夢を修正し、より強い快楽物質を分泌させるようシナリオを書き換える。


だが、ノイズは消えるどころか、まるでウイルスのように別の波形へと伝播していく気配を見せていた。


​人類は、完璧すぎる幸福に窒息しようとしていた。

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