千拓ミス男 一世一代の大選択

ケーエス

1



 男は息を切らして走っていた。駅に着いた。今にも閉まるホームドア。そこに体を滑り込ませ、電車になんとかなだれ込んだ。


 息を切らせ、席に座り、バッグとともにうなだれる。

 ふう、なんとか間に合ったぞ。


 少し気持ちが落ち着いてきたのもつかの間。

『次は~○○~○○~』

「はあっ!?」

 顔を上げた。そこには口を曲げた老婆が立っていた。しかしそれよりも男には大事なことがあった。

ドアまで駆け寄る。


 過ぎ去っていく景色。出てこないはずのスーパー。山に向かっていく電車。


「ハア……またかよ」

 男はため息をついた。また間違えたのだ。彼の名前は千拓ミス男。前世の因果か、千の選択を間違えてきた男。逆方向の電車に乗ることこれで55回目。現在8時30分。乗ってしまったのは快速急行。次の停車駅は隣の県。9時の出勤は絶望的。またあの上司に怒られ、同僚からは変な虫が入ってきた扱いをされること間違いなしである。


「ああ! またやらかした。いつもこうだ、何もかもうまくいかねえ。俺は肝心なところで選択を間違うんだ! あんなFラン大学に入っていなければ! こんなクソ会社に入らなければ! 今頃こんなに選択を間違うことなんてなかった!」


 ちなみに独白のようだが、彼は今の文言をそっくりそのまま電車の中で叫んでいる。そしてドンドコドンドコ、ドアを両手で叩いている。大変○○な空気が車内に流れ出した。


「そうだ」

ミス男の中で点と点が結ばれた。

「あいつのせいだ! あの時あいつの言うことを鵜呑みにして選択を間違ったから全部狂ったんだ! あいつを殺してやる!」


 普通ならただの迷惑客、いや危険人物で終わるところだが、人生とは不思議なもので、こういう底の底まで落ち切った人間にも救世主が現れるものである。


 ドアを叩きつかれ、うずくまるミス男。そこに隣の女性専用車両から初老の男性が現れた。白いスーツ。もじゃもじゃした白髪は2つに分かれていて、頭皮に浮かぶ大陸のようであった。どこかで似た人物を見たような気もするが、今はAIに尋ねるのはやめておこう。


「あのすみません、わたくし富士山の麓で研究している神田と申します。もしお時間あればちょっと簡単なアンケートに答えていただきたいんですけども」

「……」

「すみません?」

「は、え? 俺に言ってます?」

「はい、あなたに言っています」

 思いがけない物腰のやわらかさに、ミス男は驚いた。そして、

「今やり直したいことがありますか」

 というタイムリーな質問に、彼は一気に引き込まれた。


 そして、神田が差し出した真っ赤な丸い押しボタンを見つめ、

「これ、リセットボタンなんですけども、これを押すと多少の誤差はありますけども、やり直したいことを念じれば、その時点までさかのぼることができるんですよ。その代わり一度さかのぼれば、さかのぼった時点から我々が今いるこの時点までの歴史はすべてリセットされてしまいます」


 というまあまあ引っ掛かりそうな説明にも、

「はい。押します」

 と即答したのだった。


「ちなみに、やり直したいことというのは……」

「毎朝朝のテレビに出てた占い師です。あいつに従って選択を続けた結果が今なんです、だからあいつを監禁して、本当の占いを吐かせるまで水責めにするんだ。そして正しい選択をし続ける、人生大逆転してやるんだよ!」

「はあッほお……」

 神田は目を輝かせた。人見知りの彼にとって被験者を求めて毎日話しかけ続けるのは大変なことだった。目の前にやっと現れた実験材料! 占い師を妄信して失敗し続けた男! これはいいデータが取れそうだ! まずは被験者がどういう人間であるかヒアリングを……。


「では1回研究所まで来ていただき……」

 しかし遅かった。ミス男の手は早くもボタンの上にあったのだ。

 ミス男はボタンもろともこの世界から消失した。

 神田は呆然と立ち尽くすしかなかった。




 






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