第24話:矛盾解消の最短手順
理科室の壁が、砂のように崩れ始めた。
神という名の「基幹プログラム」を外部ストレージ化したことで、宇宙そのものが管理者の不在を検知。
全次元の「存在定義」が剥がれ落ち、世界は虚無(ヌル)へと回帰しようとしている。
(演算開始。宇宙の強制終了まで、残り三〇〇秒。
……パズルの難易度は『絶(ぜつ)』。僕自身が新たな『神(OS)』としてログインしなければ、世界は消滅する)
枢(くるる)は、ポケットの中で激しく明滅する「神だった立方体」を凝視した。
自分が神の座に就けば、世界は救われる。だが、それは「九重枢」という人間の感情と肉体が消滅することを意味していた。
「……九重、だめだよ。お前の脳波が、この世界からログアウトしようとしてる……!
神様になんてなっちゃだめだ。……私を、一人にしないで!」
一葉(いちは)が枢の腕に縋り付き、情報の過負荷に耐えながら叫ぶ。
彼女の視覚野は、枢の存在確率が刻一刻と「概念」へと昇華されていく、絶望的な数値を捉えていた。
「……枢くん。あなたが神様になるというなら、私はその宇宙ごと、自分を殺してあげる。
あなたを人間でない何かに変える世界なんて、私には必要ないわ」
繭(まゆ)が枢の首を背後から抱きしめ、狂おしいほどに純粋な殺意を込めた愛を囁く。
彼女の「独占欲」が、枢の魂をこの次元に繋ぎ止める唯一の物理的な鎖(アンカー)となっていた。
「……白凪さん、成瀬さん。落ち着け。……僕を誰だと思っている?」
枢は眼鏡を直し、パズルの中心核を、あえて「逆位相」で回転させた。
「神になるのは非効率だ。……神という『権能』だけを、僕の『外部デバイス』としてインストールする。
その際に発生する『人間としての脳のオーバーヒート』……その排熱先は、すでに確保してある」
枢は二人を引き寄せ、その熱い肌に直接、パズルの演算回路をバイパスさせた。
神の全能性を維持するために発生する膨大な「精神的負荷」を、二人の少女の神経系へと、耐え難いほどの「快楽」として転換・排熱(ドレイン)する。
「あ……っ、な、なにこれ……!? 宇宙のデータが……全部、熱い塊になって流れてくる……ッ!」
「……ふふ、枢くん。あなたの『苦しみ』も『全能感』も、全部私の中に流し込んで。
あなたが人間であり続けるための『代償』……私が全部、食べてあげる」
一葉が恍惚のあまり白目を剥き、繭が枢の首筋に深く歯を立てる。
枢は二人を「宇宙の冷却システム」として使い倒しながら、自らの意識を神の権能へと上書き(オーバーライト)した。
ドォォォォォォォォォォォォン!!
理科室に、因果律がひっくり返るような衝撃波が吹き荒れた。
崩れかけていた壁が再生し、窓の外の夜景が、かつてないほど鮮明な色彩を取り戻す。
数秒後。
宇宙は救われた。だが、そのシステム権限(ルート)は、二人の少女を快楽の底に沈めたまま、無表情で立つ少年の指先に握られていた。
「……システム復旧(リカバリ)完了。
今日から、この宇宙の管理者は僕だ。……ただし、僕が『人間』を維持するための定期的なメンテナンス(排熱)が必要だがな」
枢は、汗一つかかぬ無表情のまま、恍惚の海に溺れる二人の少女を静かに見下ろした。
神の権能を持ちながら、女たちの熱を糧に生きる、最も傲慢で背徳的な「王」の誕生。
(……宇宙のバグは修正した。
だが、この『神の権能を持つ人間』という矛盾が、さらなる観測者の興味を引くだろう。
……パズルは、ついに最終楽章(フィナーレ)へ)
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