第11話:神の空白(ヌル・ポインタ)

重厚な大扉が、物理演算の干渉によって紙細工のように弾け飛んだ。



聖堂の最深部。そこには、数千年の歴史を背負った豪奢な法衣を纏い、震える手で黄金の杖を握る老人がいた。

教皇。この世界の「絶対の法」を司る男。



「……化け物め。聖騎士団を、聖剣の勇者を……ただの『現象』として片付けたというのか!」



「……教皇。君の震えは、恐怖というより『計算違い』によるパニックに見えるな。

 この世界の魔力循環が、僕の手の中のパズルに同期している。……チェックメイトだ」



枢(くるる)は鼻血を無造作に拭い、ポケットに手を突っ込んだまま、静かに、だが確実に教皇へと歩み寄る。



「無礼な……! 私は神の代弁者! 私の言葉一つで、この世界に天罰を降ろすことができるのだぞ!」



教皇が狂ったように杖を床に叩きつける。

直後、聖堂の天井に巨大な魔法陣が展開され、かつてない規模の雷光が枢の頭上へと集束した。

それは教皇が「神の奇跡」と称して民を跪かせてきた、最大出力の広域殲滅魔法。



(演算開始。魔法陣の構成式……。

 なるほど、大気中の電位差を強引に固定する『静電気の増幅パッチ』か。

 パズルの難易度は『極(ごく)』。三秒で、その奇跡の根幹を書き換える)



カチャ、カチャン、カカッ!!



枢が黒いパズルを空中に掲げた瞬間、轟音と共に放たれた雷光は――枢の数センチ横を避けるように四散し、聖堂の柱を虚しく粉砕した。



「なっ……天罰が、逸れた!? 神が、私を見捨てたというのか……!」



「……神じゃない。アース(接地)だよ。

 君が電荷を集中させる座標の導電率を、僕がパズルで『一(イチ)』に書き換えた。

 奇跡なんて曖昧な言葉で飾るから、絶縁破壊の臨界点すら見誤るんだ。……君の神様は、オームの法則も知らないのか?」



枢は、絶望に顔を歪める教皇の目の前で足を止めた。



「君が数千年の間、民に強いてきた『神の教義』は、単なる演算エラーの隠蔽(バグ)に過ぎない。

 ……さて。この世界のノイズ(君)を、どう処理しようか」



「あ、ああ……救いはないのか……。神よ……!」



教皇が膝をつき、祈るように両手を組む。

その背後で、繭(まゆ)が冷たい笑みを浮かべ、教皇の喉元に細い指先を這わせた。



「ふふ……枢くん。この人の『絶望』、すごく純粋で綺麗だわ。

 神様がいなくなった後のこの世界、私たちが好きなように描き直してあげましょう?」



枢は黒いパズルの中心軸を、カチリと一回転させた。



「……救済はしない。ただ、正常化(デフラグ)するだけだ」



枢の演算が、聖堂全体を飲み込んでいく。

それは破壊ではなく、偽りの神話を解体し、世界をあるべき「物理の姿」へと戻すための、静かなる執行。

教皇の権威は、少年の眼鏡の奥で、ただの「不要なデータ」としてゴミ箱へとドラッグされた。

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