第3話
――力を抑えるという選択――**
北方街道へ向かう道は、王都からそう遠くなかった。
しかし、石畳が途切れ、土の道へと変わった瞬間、周囲の空気がわずかに重くなるのを、霧島アキラは感じ取っていた。
(……この辺りか)
風の流れ。
鳥の鳴き声の消失。
人の往来が、明らかに少ない。
経験ではなく、知識として――
“危険地帯の兆候”を、彼は嫌というほど知っていた。
「……アキラ」
前を進むエレナが、低い声で注意を促す。
「ここから先は、魔物が出没する可能性が高い。
あなたは、後ろで――」
「分かっています。前には出ません」
即答だった。
その反応に、エレナは一瞬だけ目を細める。
(……本当に、不思議な男)
怯えもしない。
虚勢も張らない。
それでいて、戦場の空気だけは、確実に理解している。
騎士団は円陣に近い隊形を取り、慎重に進んだ。
そして――
「――来るぞ!」
斥候の叫びと同時に、茂みが激しく揺れた。
現れたのは、獣型の魔物だった。
灰色の毛並み。
鋭い牙。
数は――五。
「散開! 二体ずつ対応!」
エレナの指示が飛ぶ。
騎士たちが剣を抜き、魔物とぶつかる。
金属音と唸り声が、空気を裂いた。
(……純粋な白兵戦)
効率は悪い。
怪我のリスクが高い。
だが、この世界では、それが“普通”だ。
アキラは一歩も前に出なかった。
だが――
目は、全てを捉えている。
「……右、危ない」
次の瞬間、右側の若い騎士が足を取られ、魔物が喉元へ跳躍した。
エレナが叫ぶ。
「伏せろ――!」
間に合わない。
――その判断は、刹那だった。
(……殺さない)
アキラは、心の中で命じる。
――抑制モード。
――非致死性対応。
――個人装備、最小出力。
彼の右手に、光が集まった。
次の瞬間、空気が弾けるような低い衝撃音。
バンッ
見えない“何か”が、魔物の側面を撃ち抜いた。
魔物は悲鳴を上げる間もなく吹き飛び、地面を転がって動かなくなる。
血は、ほとんど出ていない。
「……え?」
戦場が、一瞬だけ静止した。
騎士たちが、信じられないものを見る目でアキラを振り返る。
エレナも、剣を構えたまま固まっていた。
「……今のは……魔法?」
アキラは、静かに首を振った。
「違います。
……ただの“道具”です」
残りの魔物は、仲間が一瞬で無力化されたことに動揺し、距離を取った。
その隙を逃さず、騎士団が制圧する。
数分後――
戦闘は終わっていた。
怪我人は、軽傷が一名のみ。
「……ありえない」
エレナは呟いた。
「詠唱もない。魔力の流れも感じなかった。
それなのに……一撃で、魔物を止めた」
アキラは何も答えなかった。
代わりに、倒れた騎士に歩み寄り、手を伸ばす。
――応急処置、支援。
淡い光が広がり、傷口が塞がる。
「……え?」
治癒魔法よりも、早く、正確だった。
エレナの胸に、確かな違和感が生まれる。
(……この人は、何者?)
魔物討伐を終えた一行は、住民の避難地点へ向かった。
そこで――
アキラは、次の“選択”をする。
「……移動手段を、変えます」
「何?」
エレナが問い返した瞬間、
地面に、四輪の車両が出現した。
金属とガラスで構成された、箱型の乗り物。
馬も、魔獣も、繋がれていない。
「……馬車、ではない?」
「はい。
人を運ぶための“非戦闘用車両”です」
扉が開き、内部が見える。
座席。
窓。
屋根。
「燃料も、魔力も不要です。
操作は……私がやります」
住民たちは、呆然と立ち尽くしていた。
「……これは……反則だ」
エレナの口から、思わず本音が漏れた。
王都へ戻る道中、その車両は静かに、揺れもなく進んだ。
速い。
快適。
安全。
(……馬車より、はるかに)
王都到着後、事態はすぐに上層部へ報告された。
アキラは、王城へと招かれる。
広間には、貴族、官僚、軍関係者。
視線が、一斉に集まる。
「――あなたが、問題の人物ですか」
そう声をかけてきたのは、王国宰相だった。
アキラは、一礼する。
「霧島アキラと申します」
「魔物を瞬時に無力化し、未知の乗り物を使ったとか」
「事実です」
ざわめき。
恐怖と、興味が入り混じる。
エレナは、彼の背中を見つめていた。
(……この人は、剣で世界を変えない)
(……でも、世界そのものを変える力を、持っている)
その夜。
アキラは、与えられた部屋で一人、思考していた。
――軍事力は、最後。
――まずは、生活。
――物流、衛生、移動。
静かに、命じる。
――都市改革プラン、初期展開。
王都ヴァルドリアの未来が、
誰にも気づかれないまま、書き換えられ始めていた。
そしてエレナは、その変化の“最初の証人”となる。
彼女の価値観は、
もう後戻りできないほど――揺れ始めていた。
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