第20話 王都からの来訪者
そこはまだガラスのままだった。
あの日から時間が経っても、アース・ドラゴンを消し飛ばした一帯は元に戻っていなかった。木も岩も地面も、全部ガラス状に固まったまま。朝日を受けてきらきらと光っている。
その中心に一人の女性が立っていた。
長い銀髪。黒いローブ。手に魔法陣の刻まれた杖。見るからに只者ではない雰囲気だった。
女性は屈んでガラス状の地面に手をかざした。
「…魔力反応、桁が違う。しかもコントロールされていない」
手帳に何かを書き留める。
「アース・ドラゴンを一撃で消し飛ばす魔力、しかも術式なし。なんなのよこれ」
立ち上がって周囲を見渡した。
「王都の連中が大袈裟だと言ってたけど…これは直接調べる必要があるわね」
銀髪の女性はガラスの地面を踏みしめながら街へと向かった。
*
冒険者ギルドの受付嬢が困惑していた。
目の前に立つ銀髪の女性がただならぬ雰囲気を放っているからだ。
「王都魔法研究院のノルンよ。先日のアース・ドラゴン消滅に関する調査報告書を見せてもらえる?」
「は、はい。少々お待ちください」
ノルンは腕を組んで待った。
報告書を受け取って読み始めた。
「目撃者の証言…ジャージの男、木製人形、木刀…」
眉をひそめた。
「なによそれ」
「あの、その、目撃者の方でしたら今ちょうどギルドに」
「いるの?」
「はい、あちらに」
受付嬢が指差した先に。
グレーのジャージを着た男が木刀を肩に担いで掲示板を眺めていた。その肩の上に小さな幼女が乗っていた。幼女もジャージを着ていた。お揃いで。
ノルンは三秒ほど無言でその光景を眺めた。
「…本当にジャージだった」
「大吉、あのひと、こっちみてる」
「知らない人だな」
ノルンは気を取り直して近づいた。
「あなたが木下大吉?」
「そうですが」
「王都魔法研究院のノルンよ。先日のアース・ドラゴン消滅について話を聞かせてもらえる?」
「ノルン、なにもの?」
幼女がノルンを見ていた。警戒した目で。
「魔法使いよ」
「ふーん」
「あなたが木製人形?」
「キオ」
「そう、キオね」
ノルンはキオをじっと見た。キオもノルンをじっと見た。
なんとなく牽制し合っていた。
*
話を聞くために近くのテーブルに座った。
ノルンがスーツケースを椅子の横に置いた時だった。留め金が外れた。
ばたん。
スーツケースが倒れて蓋が開いた。
中からぬいぐるみが複数転がり出た。うさぎ、クマ、謎の生き物。全部丸くて可愛い系だった。
ノルンが素早く蓋を閉めた。
「み、みた?」
「いえ、何も見てません」
「キオはみた」
「キオ」
「かわいかった」
「っ…!研究用よ!魔力測定のための実験道具よ!」
「そうですか」
「そうよ!」
大吉は何も言わなかった。キオはノルンをじっと見ていた。
「ノルン、ぬいぐるみすき?」
「す、好きじゃないわよ!研究道具って言ったでしょ!」
「キオも、かわいいものすき」
「…っ、そ、そう」
ノルンが微妙な顔をした。
*
話を聞き終えてノルンは手帳に書き留めた。
「つまりその幼女が魔力を開放したと」
「そうです」
「術式は?」
「ない」
「コントロールは?」
「できない」
「使用後は?」
「三日間天日干しが必要です」
ノルンがキオを見た。キオがノルンを見た。
「…興味深いわね」
「キオ、けんきゅうされるの、いや」
「別に解剖するわけじゃないわよ」
「ダイキチ、このひとあやしい」
「まあ落ち着け」
「あなた、この街にしばらくいる?」
「今のところは」
「そう。じゃあまたくるわ」
ノルンは立ち上がってスーツケースを持った。
「王都魔法研究院が正式に調査するわ。協力しなさい」
「強制ですか」
「お願いよ」
大吉はため息をついた。
「まあ、いいですよ」
「キオは、よくない」
「キオ」
「…ウン」
ノルンが出ていった。
キオがその背中を見送った。
「大吉」
「ん」
「あのひと、またくる」
「そうだな」
「なんかんじた」
「何を」
「おなじにおい、するきがした」
大吉は首を傾けた。
「同じ匂い?」
「ウン。なんか、おなじ」
大吉はノルンが出ていった扉を眺めた。
よくわからなかった。
*
その夜。
宿の廊下を通りかかった大吉は隣の部屋から声が聞こえることに気づいた。
ノルンの部屋だった。
「…今日は変な子に会ったわ。木の精らしいんだけど、魔力反応が全然分類できないの。困ったわねえ」
大吉は立ち止まった。
「あなたはどう思う?やっぱり世界樹と関係あるのかしら」
誰かと話しているのか。でも返事が聞こえない。
翌朝、宿のおばさんが大吉に耳打ちした。
「あの魔法使いさん、毎晩ぬいぐるみと話してるのよねえ」
「そうですか」
「可愛いところあるじゃないって思って」
大吉は何も言わなかった。
でもノルンが朝食の席に現れた時に
「よく眠れましたか」
「…なんで聞くの」
「いえ別に」
ノルンが微妙な顔をした。キオがくすくす笑った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます