「女心と秋の空と羽の色」③

 区庁二階、階段付近。

 自販機の横のベンチで、シェリンは腰を下ろして懐中時計を見つめていた。


「十、九、八、七……」


 彼女の隣にはツインテールの少女が座っていて、心配そうにシェリンのことを見つめている。


「六、五、四、三……」


 少し遅れてカズトとツインテールの少女の彼氏が階段を上ってくる。

 カズトはニヤリと笑っているが、彼氏の男の方は困惑している様子だった。


「二、一……だぁぁぁ! 来ないじゃん! 来ないじゃないですか! 怪盗チートとかいう人!」

「み、みたいですね……」

「何も無くて良かったですね。探偵さん」

「……カズト君……」


 二階に上がってきたカズトに対し、シェリンはギロっと睨みつける。


「やだな。何も無かったんならそんな怖い顔しないでくださいよ」

「ごめんなさい。ただちょっとキモくて」

「シンプルに悪口だ!」

「何なんだぁ? 何の話をしてる?」


 彼氏の男が状況を把握していない様なので、シェリンは説明する為に口を開く。


「あなたの彼女のもとに、怪盗チートなる変質者が予告状を出したんですよ。ラブリングを破壊する為に、と」

「!? 何……何だと!? てめぇ! 何で俺に言わねぇんだコラ!」

「うぇ!? ごご、ごめんなさいぃ……」

「はは、心配させたくなかったんでしょう。責めてやるなって彼氏さん」

「何なんだてめぇの存在はよぉ……」


 先程の告白が何でもなかったかのような白々しい態度。

 カズトにとっては愛を囁くことなど日常茶飯事なのだ。


「しかし犯行予告の時間になってもラブリングは無事……と。もしかしたら一人になったところを狙ってくるかもしれませんので、仕事終わりにもう一度伺っても良いですか?」

「は、はい……」

「無事? 無事だと? 確かめたのか?」

「? 何を仰るんですか。見るからにラブリングには傷一つないじゃないですか」

「……探偵さんよぉ。ひょっとしてお前、何も知らねぇな?」

「はい?」


 すると彼氏の男は腕を組みながらフンと鼻を鳴らす。


「お前のラブリング、接触させてみろよ」


 不審に思いながら、シェリンは外傷の全く見られないツインテールの少女のラブリングと自分のラブリングを合わせる。

 しかし、反応が無い。

 いつものようにホログラムで相性を表示してくれないのだ。


「!? な、何で……」

「それが怪盗チートのやり口なんだよ」

「え……」

「奴は謎の手段を使い、。俺の予想じゃ、特殊な電磁パルスか何かだな」

「でで、電磁パルスぅぅ!? そ、そんなの……防ぎようが……」

「……クソッ! やりやがったな人の女によぉ……」

「はなお君……」

「名前で呼ぶなっつってんだろ!」

「うひぃ!?」

「はなお君が見守らないからだよ」

「馴れ馴れしいなお前はよぉ!」

「…………」


 シェリンは顎に手を当てながら思考を巡らせる。

 もし遠隔で特殊な電磁パルスを放つことでラブリングを壊していたのだとすれば、傍で見守っていても防ぎようがないのは確か。

 犯人は既にこの場から逃げてしまって、完全にしてやられてしまったのかもしれない。


 しかしその前に──先の『彼』の怪しい行動は見逃せない。


「……質問をして良いですか? はなおさん」

「おめぇもかよッ!」

「彼女さんにお金を借りて、どうされるおつもりだったので?」

「あぁ!? ンなことてめぇに関係ねぇだろ!」

「交際関係にあるからといって、恐喝罪が成立しないということはありませんよ」

「……ッ!」


 相手が幼女のような少女でも、そう言われれば冷静さを取り戻せる。

 はなおは頭を搔きながら観念するように息を吐いた。


「……借金……してんだよ。……悪いか?」

「誰に?」

「誰でも良いだろ!」

「恐喝罪なら懲役ですかね」

「んな!? ……ぐ、ぐぐ…………知識メモリ……だよ」

「はい?」

「だから知識メモリだよッ! 電脳学習で得ることの出来る知識を記憶したデバイスだッ!」

「ああそれを購入した時に使ったんですか。いやそこはどうでもいいんですが」

「どうでもいいのかよ! ものすっごい高価なんだぞ!? 自由に人を操って言うこと聞かせる洗脳のやり方を教えてくれるんだぞ!?」

「百パー嘘だよそれ。はなお君」

「だから名前で呼んでんじゃねぇ!」

「……危ない人と関わらないでっていつも言ってるのに……」

「ああ可哀想に。僕ならキミを幸せにしてあげられるよ、はなおちゃん」

「はなおは俺だよッ!」

「……わたしが気になったのは、あなたが借金をして、この区庁に訪れて、彼女の目の前に金をせびりに現れることを…………ということなんです」

「「!?」」


 カップルの二人が驚くと、カズトはフッと笑って眼鏡を持ち上げる。

 その肩の上で、鳩はクルッポーと鳴いていた。

 そして次の瞬間──



『レディース! アーンド! ジェントルメン!』



 声のしたその方向に、全員の視線が向く。

 いの一番に立ち上がって駆け出したのはシェリン。

 彼女は声の聞こえた一階のホールへと走って向かっていく。

 階段を一つ一つ、歩幅が小さいのもあって飛ばして進むことはしないが、それでも早く、早く、シェリンは階段を下っていった。


 そしてホールに辿り着くと、この区庁の一階に訪れていた者たちが皆、同じ方向に視線を向けているのが確認できる。

 それはモニター。

 本来なら呼び出し番号などを表示しているだけのはずのモニターに、明らかに区庁とは無関係の映像が流れてしまっていた。


「これは……」


 映像には一人の男性が映っていた。

 高身長でシルクハットを被り、その下には赤い髪と琥珀色の瞳、紫を基調としたスーツにマントを羽織った、明らかに人を馬鹿にしたような恰好。


『こんにちは、区庁の皆さん。お仕事の邪魔をしてしまい大変申し訳ありません。ですが今は昼休みの時間帯。ほんの僅かなひと時で構いませんので、このオレに頂戴させて頂きたい』


 男はどこかの建物の屋上にいるようだった。

 シェリンはすぐさま後方を振り返る。

 そこには自分に付いてきたカズトたち三人の姿があった。


『徒然なる世に徒心……怪盗チート、ここに推参! 目当てにしておりました女性の心は、既に頂いてしまいました!』

「!?」

『ここはこの区庁の屋上です! もしもオレに奪われた心を取り返したければ……フフフ! 言われなくとも分かることでしょう! このオレの天空への旅立ちに乞うご期待!』


 そう言ってマントを翻し、怪盗チートはその高身長に見合った長い影を引き連れながら、縁の方に歩みを進めていく。

 そこでプツリと映像は途切れてしまい、シェリンは小さく舌打ちをした。


「今のが……怪盗チートですか?」


 眼鏡に触れながらそう呟くカズトの横を駆け抜け、シェリンは上を目指す。


「屋上に行きますよ!」

「は、はい!」


 シェリンは帽子を押さえながら、降りたばかりの階段を再び駆け上がっていく。

 鍵のことなど考えずに向かっていたが、屋上の扉は初めから開いていた。

 そしてシェリンとカズトはそこで、パラペットの上に立つシルクハットとマントの姿を確認する。


「あ、いましたよ! 探偵さん!」

「……! まさか……」


 だが、視界に捉えたのも束の間。

 目の前にいる怪盗チートと思われるその姿は、一瞬にしてこの場からなくなってしまう。

 何故ならばそう。

 


「待っ──」


 急いでシェリンが覗き込んだ次の瞬間。

 たった今真っ直ぐ下に落ちていったはずの怪盗チートは、

 マントを羽のように広げ、どこか遠くへと向かっていってしまったのだ。


「…………」


 シェリンはその姿を見つめ、眉間に皺を寄せながら息を飲む。

 彼女のことを嘲笑うかのように鳴いていた鳩の声は、今は全く聞こえなかった。


          ♀♂


 楽園特区には四つのエリアが存在している。

 北のリンクエリア、東のオーガナイズエリア、西のヴァイアエリア、その三つのエリアに面している最も広大な南のエンゲージエリアの四つだ。

 純心探偵事務所も区庁も同じエンゲージエリアに存在していて、楽園特区で最も人が集まる区域となっている。

 しかしその民衆のほとんどが、このエリアの地下に迷宮のような通路が作られていたことを知らずにいた。



『……で。どうだった? 話題の名探偵ちゃんは』


 迷路を正しい順路で進んだ先、そこには生活環境の整った空間が存在していた。

 事務机に置かれたノートパソコンには、長い髪を持つ白衣の女性の姿が映っている。


「……まず服を着てくれませんか?」


 カズトはそんな画面の女性を前にして、眼鏡ごと自身の視界を塞ぐ。

 白衣の女性はその白衣以外に下着しか身に纏っておらず、そのうえで何の恥ずかしげもなくカズトに話し掛けていた。


「これがあたしの正装だよ」

「め、目のやり場に困るんですよ」

「何だよカズトちゃん。あたしとあんたの仲でしょうが」

「親しき仲にも礼儀あり、ですよ。僕を見習ってください先生。僕が無礼を働く相手は、いつだってそれほど親しくない人なんですから!」

「威張ることじゃないね。……で、どうだったんだよ?」


 白衣の女性は風船ガムを取り、口の中に放り込んだ。


「……まあ、言われてるほどじゃないんじゃないですか? あれだけ僕を疑っていたのに、身体検査の一つもしてこなかった」


 そう言いながら、カズトは自分のシャツを捲り上げた。

 すると、腹部にベルトで挟んだ状態になっていた『拳銃』が露わになる。


『見逃されたのかな?』

「まさか」


 そしてカズトは白衣の女性に対して背を向ける。

 肩に止まる鳩は鳴き声を上げない。


『おや。また仕事?』

「はい先生」


 壁のある部分をタンッと叩くと、回転して壁の後ろ側に隠れていた『着替え道具』が姿を見せる。

 カズトはその中からまず、『紫のスーツ』を手に取った。


「やっぱり……この格好じゃないとやる気が出ませんよね」


 カズトは手慣れた様子で素早く着替えを進めていく。

 スーツの次は『マント』を羽織り、眼鏡を外して『カラーコンタクト』を装着する。

 黒髪の上から『赤髪のウィッグ』を付けたなら、『シルクハット』を被って完成だ。

 いや、それとあともう一つ──


「カズト。私を忘れるな」


 口を開いたのは、カズトが肩に乗せていた白い鳩。


「いや。忘れてなんかないって」


 カズトが鳩の左足の第三趾をちょこんと押すと、鳩の姿が

 体格は丸っこい姿からスマートになり、短かったくちばしは少し伸び、何よりも大きな変化として


「……フン。今まで何度も鳩の姿のまま連れていこうとしていたくせに」

「い、いやいや。数えられるほどだよ。ヴェルサ」


 変形が出来るということは、この鳥は普通の鳥ではないということ。

 声も若干機械音声染みていることから、自然に誕生した生物ではないことは明らかだ。

 今のヴェルサは鳩ではなく、『カラス』の姿になっている。

 そうして彼らの変身が完成すると、白衣の女性は膨らませていた風船ガムを破裂させて再び噛み直す。


『そんじゃ行ってらっしゃい。──〝ハーレム怪盗〟チートくん?』


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