第一章
「女心と秋の空と羽の色」①
楽園特区。
そこは少子化対策の一環でパートナーを探し求める若者たちの為に開発された、出会いの場。
しかし、自由恋愛の場とは言い切れない。
現代日本ではAIを始めとする科学技術が非常に発達していて、人々は生まれてから死ぬまでのほぼ全てを自分で決めることがない。
教育は睡眠中に専用ヘッドギアを装着するだけで自動的に行われる『電脳学習』で済まされ、職業は適性診断の末に自分に合ったものを選択し、恋人すらも遺伝的相性の良い者を選ぶのが一般的になっている。
特にこの楽園特区では『マッチングシステム』が採用されており、出会った相手と自分の相性を瞬時に測ることが出来るようになっていた。
この町の若者は来る日も来る日も愛に奔走し、愛に打ちのめされ、そして愛と共に暮らし続けているのだ。
「怪盗チート?」
ここはとある探偵事務所。
金髪翠眼、鹿撃ち帽にインバネスコート、そしてミニスカートを履いたその小柄な少女は、真正面にいるツインテールの少女に対して首を傾げた。
「は、はい……。えっとその……探偵さんはご存知ですか?」
「ふむふむ……名前だけは小耳に挟んでいます。何でも妙ちくりんな格好をした変態さんなんだとか」
「へ、変態……かどうかはともかくとして……。彼は最近有名なアブない男の人なんです」
「なら変態ではないですか。へーんたい」
探偵と呼ばれた少女は素っ気なさげに、手持ちの虫眼鏡をクルクルと回転させる。
興味を持ってもらいたいツインテールの少女は、懐から一枚の手紙を取り出した。
「……こ、こんなのが届いたんです」
「ふむ?」
差出人の名は手紙の封には記されていない。
記されているのは宛先であるツインテールの少女の名前と住所だけで、可愛らしいピンクのハートマークがついでとばかりに添えられている。
「これは……」
「……中を見てください」
そう促された探偵の少女は、既に開いていた封から便箋を取り出す。
それは真っ白な一枚のケント紙で、そこには謎の文章が印字されていた。
【月が満ち、日輪が頂きに昇り詰めた時、エクリプスの刻まれた地で、アナタの心を頂きに参上いたします。 怪盗チート】
「……ふむ。何ですかこれは」
「よ、予告状です……!」
「予告状?」
「『徒然なる世に徒心』……を信条にして、恋に恋する乙女たちの心を盗みに現れる、今この楽園特区を騒がせている快男児……〝ハーレム怪盗〟チートの予告状ですッ!」
「ハ、ハーレム怪盗ぉ……?」
「その彼から私宛てに予告状が届いたんですッ! この私の初々しい乙女心を盗むために……ッ!」
「初々しいんですね……」
「ど、どうしたらよいでしょう? 探偵さん。私、こういうの初めてで……その、正直いつこんな手紙が届いたのか覚えてないんですが、不安半分、若干期待もしちゃってます」
「若干期待しちゃってるんですか」
「ああ私には愛する彼氏がいるというのに!」
「彼氏がいるんですね」
「は、はい。すぐに手が出る人なんですが、すぐに謝ってくれる良い人なんです」
「それは良い人とは言えないのでは?」
「良い人ということにしているんです……ッ!」
「な、何かすみません……」
「まあまあ落ち着いて。それよりハーレム怪盗についてもう少し詳しく教えて頂いても?」
「あ、はい。彼の犯行はですね。実はどちらかというと窃盗というよりは……」
「待った待った!」
二人だけの会話の中に、明らかに知らない声が混ざっていた。
ツインテールの少女の隣に、いつの間にか一人の少年が座っていたのだ。
「「誰?」」
その少年は眼鏡を掛けた黒髪で、ワイシャツにサスペンダーを付けた格好をしていた。
そんな彼に少女二人が怪訝な目を向けると、外から入ってきた真っ白な鳩が彼の肩に止まる。
そして少年はフッと笑いながら髪をかき上げ、眼鏡をクイッと持ち上げた。
「初めましてこんにちは! 僕は町で見かけたこちらのツインテさんのことを可愛いなって思って追いかけさせて頂いた者です!」
「えぇ?」
眼鏡の少年はツインテールの少女のことを指してそう言った。
爽やかな笑顔を向けているが、探偵の少女は思わず半目になってしまった。
「……ストーカーですか? 通報しますよ」
「まだ何も危害を加えちゃいないですよ。ねぇ?」
「は、はあ」
「ほうら」
「その鳩はなんですか? 事務所の中に入れないでください」
「ヴェルサは清潔なんで安心してください。僕の相棒です」
「つまりあなたは鳩を連れて女の子を追いかけてきた、得体の知れない謎の眼鏡……」
「何か問題でも? ここは楽園特区……誰も彼もが人を愛して愛される、出会いで溢れた町じゃないですか」
眼鏡の少年は得意げになってフンと鼻を鳴らす。
この町の存在意義は、若い男女がより相性の良い相手を見つける為に出会いを重ねることなので、彼の言うことは間違いではない。
ただ、彼の場合はあまりにも馴染もうとする速度が速すぎた。
「……彼女と自分の相性を測りに来たんですか?」
「……フフ。『マッチングシステム』によって僕らはすぐに他人と自分の相性を知ることが出来る。この『ラブリング』がその道具なわけですが……」
特区の民衆は全員が『ラブリング』と呼ばれる機械製の指輪の着用を義務付けられる。
これを他人のラブリングと接触させると、それだけでその相手との相性を百分率で知ることが可能となるのだ。
「しかしッ! 僕は僕の運命を他人に左右されたくないッ! だからこうして可愛い女の子を見つけては、ところ構わず全員に声を掛けさせて頂いているんですッ!」
「相性は測らないんですか?」
「悪かったらショックじゃないですか!」
「けど、そもそも悪かったら交際不可能ですからね。分かってるんですか? この町はあくまでこの町を治める行政長官の独裁都市。彼女の定めた条例は絶対なんですよ」
「それは……」
「一応測っておいたらどうです? 二つのラブリングをくっつけるだけで良いんですから」
「…………」
明らかに、探偵の少女は眼鏡の少年の目的を失わせ、この場から追い払おうとしている。
しかし眼鏡の少年は彼女の言葉に素直に従って、隣のツインテールの少女とラブリングを接触させた。
すると指輪からホログラムが現れ、空中に数値が表示される。
【39%】
その数値を見たツインテールの少女は、少しだけ引きつった顔になってしまった。
「……び、微妙……ですね」
「そら見たことか」
探偵の少女はニヤリと笑みを見せて腕を組む。
しかしまだ、眼鏡の少年は落ち込むような態度を見せていなかった。
「サン(3)キュー(9)じゃないですか! これはもう付き合うべくして付き合うことになるであろう男女の数値ですよ!」
「そ、そうですか?」
「何でやねん」
「相性の数値が感謝の言葉を表しているだなんて何とも素晴らしい! やはりこれが僕の切り開いた運命というわけですね!」
「……」
残念ながら、この眼鏡の少年は相性が悪かったからというだけで引く様な男ではなかった。
一度渋ったのも、恐らくはただ会話を引き延ばす為。
探偵の少女は諦めて溜息を吐き、話を戻すことにする。
「……で、ではこの人のことは一旦置いといて、そろそろ怪盗とやらの話に……」
「じゃ、次はアナタと測らせて頂きます」
「は?」
「うぅん?」
「ほら、ラブリングを出して頂けますか? 探偵さん」
眼鏡の少年は純粋な表情で自身のラブリングを差し出してくる。
「……い、いやあの、わたしは関係ありませんよね?」
「僕はこの世の全ての女性と関係を持ちたいと考えております」
「最低か!」
「一度きりの人生、たった一人しか愛さないのはもったいないでしょう!? さあさあ!」
「いやー!」
「安心してください! 相性はあくまで目安! 僕は全ての女性を平等に愛していますから!」
「そそ、そんな、ハーレム怪盗みたいなことを……」
ツインテールの少女がその名を出すと、探偵の少女はハッとして彼女と目を合わせた。
「……えっと、もしかして怪盗チートの目的は……」
「は、はい。……彼の目的は、この世の全ての女性を自身の手中に収めること。その為に彼は、予告状を出した相手のラブリングを破壊して回っているんです」
「……! なるほど……」
「何の話ですか?」
「あなたは関係無いので黙っていてください!」
「そんな殺生な!」
「え、えっとですね。ほら、ラブリングはただ相性を測るだけの装置じゃないでしょう?」
「そうですね。この楽園特区では、交際相手が決まったら自分と交際相手のラブリングを交換しなければならないという決まりがあります」
「そして! 交換の際に互いの情報を記憶させることで、交際相手以外と関係を持とうとすれば警備隊を呼び寄せる……などという、頂けない機能が備わっています!」
「ほ、本来は水で濡らしても燃やしても潰しても壊れないように出来ているんですが、どうしてか怪盗チートはそんなラブリングを壊す手段を持っているらしいんです。そ、そうすることによって、至る所で至る女性と関係を持とうとしているってわけで……」
「へぇー、羨ましいですね!」
「羨ましがっちゃ駄目でしょう」
結論を言うと、怪盗チートは窃盗犯ではなく器物損壊犯なのだ。
乙女心を奪うなどと言いつつ、やっていることは区から支給される必携品の破壊活動。
現段階では同情の余地などない、ただの愉快犯のような存在ということになるだろう。
そこまで把握した探偵の少女は、キリッとした顔で立ち上がる。
「……ま、とにもかくにも状況は理解しました! 解決はこのわたしにお任せあれ! この名探偵……シェリンフォード・ピュアハートにね!」
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