悪女四人、されど恋はひとつだけ──敵対する悪女たちは、同じ人を愛している──

まれいぐま

第1章 断頭台に咲く花

プロローグ 処刑人

 この世界は無情だ。


 救いなどないし、救ってくれる者もいない。


 平和を望んでいると言っても、それは世界のためじゃない。


 すべては自分のためだ。欲望を満たし心の渇きを潤す。


 それ以外に意味はない。


 そして、この者たちもそうだった。


「アレク……」


 私の目の前で魔術師の女が、仲間の名前を呼びながら膝から崩れ落ちる。

 体には左肩から右の脇腹にかけて大きな傷があり、もう長くはないだろう。


「マリア!?」


 地面に倒れ込んでいた男が悲痛な声で叫んだ。

 この女はマリアと言うらしい。綺麗な顔に見合った良い名前だ。

 きっと、この男の愛する女性なのだろう。

 だが、私にはそんなもの関係ない。

 私は私に定められた役目を果たすだけだ。

 右手に持つ大鎌を振り上げる。


「っ!? よせ……やめろぉぉ!!」


 男が叫ぶ。

 最後の別れなのだから、愛の言葉を1つくらい叫べば良いものを。情けない男だ。


「――さよならだ」


 私は鎌を振り下ろし、無慈悲に彼女の首を刎ね飛ばした。

 跳ね飛ばされた女の首が、男の元へと器用に転がっていく。

 これも愛のなせる業か、はたまた悪魔のいたずらか。


「マ……リア……」


 男の声が絶望に染まる。

 大鎌についた血を払いのけながら、男に言う。


「安心しろ。貴様も他の奴らと同じようにあの世に送ってやる」


 私たちの周囲には、他にも人がいた。

 いや、人だった物と言うべきか。

 皆、体を切り刻まれており、人の形を保っていなかった。

 ある者は、上半身と下半身が分かれ。

 ある者は、左半身と右半身が分かれてしまっている。

 あれを人だと言うには、無理があるだろう。


「……けるな」


 男が俯きながら何かを言っているが、よく聞こえない。

 遺言の1つでも残そうとしているのだろうか。そうだとしたら、相当な間抜けだな。


「なんだ? 遺言を残しても私は伝えることは出来んぞ?」


「……ふざけるな!!」


 男はそう叫ぶと、ゆっくりと立ち上がる。

 この男だって無傷ではない。

 体中に傷を負い、腹からはおびただしい量の血が流れ落ちている。

 正に最後の力を振り絞っていると言うべきだろうか。


「愛とは素晴らしいな。そんなボロボロの体でも立ち上がる力を与えてくれるとはな。私もそんな愛情を受けてみたいものだよ」


 拍手して男に称賛を送る。

 ここ最近殺してきた中では、一番タフかもしれない。

 立ち上がった男は私を鋭く睨み付ける。


「……なんで……何でお前は邪魔をするんだ!!」


 剣で体を支えながら絞り出すように叫んだ。


「俺たちは……魔族と友好的な関係を築く為にここまで来たんだぞ! 互いに交流して! 今よりも平和な世界にするために!! お前だって! 知っていただろう!!」


「そうだな。私もそれは知っているさ」


 組織からの依頼を受けた段階で、彼らの目的は知っていた。

 彼らが、平和を望みこの街に来ていること。

 魔族と人間が今よりも仲良く暮らせる生活を夢見ていることを。

 とても素晴らしいことだ。きっと今よりも平和な世の中になるかもしれない。

 だが、


「――だから、どうしたと言うのだ?」


「な――!?」


 男の目が大きく見開かれた。

 そんなにおかしいことだろうか。

 別に不思議なことは何もない。

 だって私は、ただ役目を果たしに来ただけなんだから。


「私の目的は君たちを排除することだ。君たちの目的なんぞに興味はないよ」


 男は眉をひそめ、怒りを露わにして叫んだ。


「ふざけるな! 平和な世界が来て欲しくないのか!? 魔族は争いを望んでいるとでも言うのか!?」


 どうやら言葉が通じていないようだ。

 こちらは興味がないと言っているのだぞ。

 平和を望んでいるとか、争いを望んでいるとか、そう言う話はしていない。

 私はただ興味がない、と言っているんだ。

 この男は、私の話を何も聞いていない……いや、理解しようとしていないのか?


「……はぁ」


 私は大きく溜息をついた。

 傷だらけでも立ち上がれる素晴らしい肉体は持っているというのに、頭の中は残念なようだ。


「これでは時間を無駄にするだけのようだな……」


「時間の無駄だと……?」


 もうこの男の言葉なんか聞く価値はない。

 大鎌を構える。

 お喋りは終わりにしよう。


「自称平和特使のアレク・ミルヘン。この私、ケリン・ハンカーが処刑人として貴様たちを断罪させていただく」


「……自称平和特使だと……」


 男も怒りに肩を震わせながら、地面に突き刺した剣を抜く。

 支えを失ったことにより、体がふらつくが剣を構えた。


「自称なんかじゃない!」


 男が叫ぶと同時に剣が徐々に輝きだした。

 どうやら、残り少ない魔力を剣に込め始めたようだ。


「俺たちは……俺たちは本当に平和を望んでいるんだぁぁ!!!」


 最後の力を振り絞るかのように、男は前へと踏み込んだ。

 仲間の無念を晴らすために。

 仲間を殺した私に一矢報いるために。

 そして自分が無駄なことをしているとすら気が付かずに。


「……醜いな」


 きっと彼らの友人たちは、これを名誉の死だとでも言うのだろうな。

 平和のために行動し、悲しくも散っていった者たちだと。

 そして語り継いでいく。この者たちを勇者として。

 幻想という名の歴史に刻み込むのだ。


 ……ふふっ。なら私のことは悪魔とでも刻み込んでほしいものだな。


 向かってくる男に対して、大鎌で薙ぎ払う。

 魔力も力も込めない。ただ、軽く。そして速く。

 まるで、飛んでいる虫を払いのけるかのように。


 男の剣が私に向かって振り下ろされる。


「綺麗な剣筋だ。同じ武人として尊敬に値するよ。だが、惜しかったな。あと一歩届かなかった」


 男は何も言わない。

 いや、言えなかった。


「……ああ、すまない。もう聞く耳も喋る口も無かったな」


 剣を振り下ろした男の体には、既に頭が無かった。

 首から噴き出した鮮血が宙を舞う。

 頭はボールのように地面に転がり落ちる。

 残されたのは、首から下の胴体だけだった。


「終わったな」


 大鎌を空間にしまい込む。

 目的は果たした。もう斬るものは、ここにはない。


 本部に連絡を入れるために虚空に手をかざして、半透明の画面を表示させる。

 通信が繋がると画面上に1本の角を生やした女性が表示された。


「こちらケリン・ハンカー。対象の殺害は完了した」


『承知しました。今回も迅速な対応、感謝致します。いつも通り遺体の処理はこちらで対応いたしますので、そのままお戻りください』


 画面に映る女性は、表情1つ変えずに淡々と言った。


「ああ、承知した。通信終わり」


 報告を終え、画面を消した。

 音が無くなり、私だけが取り残される。


「平和か……」


 重傷を負った男が言った言葉を考える。

 男が言ったように世界は変わるのだろうか。

 私は何か変わるのだろうか。


「ふふっ……何も変わらんか」


 平和なんて、一部の頭のおかしな人間が言っている世迷言。

 生物とは争って生きていくものだ。

 争いのない世界など、何も面白くない。


「もし、平和が素晴らしいと言うのなら見せてもらいたいものだよ」


 私に……いや、この世に生きる者たちに教えてほしい。

 平和こそが世界の望みであることを。

 だが、


「……まぁ、誰も平和なんて望んでいないだろうがな」


 世界が望んでいるのは混沌。平和じゃない。

 でなければ、とっくの昔に平和は訪れているのだから。


「戻るか……」


 もうこの場に用はない。

 虚空に手をかざして、黒い靄のようなゲートを作りだし、本部へと戻った。



 この時の私は知らなかった。



 平和を望まないこの私が、たった1人の女性の平和を望むことになるなんて。

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