第79話 百合的愉悦主義者。



     ──ミカ──


 ボロアパートの一室にて。


 いまミカは、阿立夏美との通話を終えたところだ。


 夏美からの提案で、橘佳織を加えて、三人でデートすることになった──。とくに断るのも何なので受け入れたが。


 とくに乗り気にならない。


 これが早瀬ミカのころなら、ドキドキで夜も眠れなかっただろうが。


 しかし事象零式人型決戦兵器【Ω:弐式】に転生した身では、自分自身でデートしたいとは思わない。


 どうせなら、佳織と夏美のいちゃいちゃデートでも見せつけてくれればいいのに。もちろん、そういう方向に持っていくことは容易いが。


 先日、家の領土内でビジネス百合の者たちを惨殺したとき、櫻子から問われたものだ。


 ──「ですがミカ様。橘さまと阿立さまの関係も、ミカさまを動かすためのビジネス百合だったのでは?」


 ミカは内心で首を振ったものだ。


 ──「櫻子さん、わかってないなー。私のこの嗅覚が──」


 ──「【Ω:弐式】の嗅覚センサーですか?」


 ──「違うよ。言うなれば、この私の魂の嗅覚さ。それが嗅ぎ分けるんだよ。本物ガチと、エセを。そしてあのとき──白鷺女学園の屋上で、佳織お姉さんが夏美お姉さんの名を口にしたとき、私には一発で分かったのさ」


 ──「と、仰いますと?」


 ──「佳織お姉さんは、夏美お姉さんに気があるとね。そして、向こうもまんざらではないと。ただ当人たちは、まだそこまで明確に意識してはいなかったけど。私はね、芽生え始めたこの尊い百合に、水をやって育てているんだよ」


 ──「さすがミカ様、マリアナ海溝よりも深い百合の境地です!」


 ──「ん。知ってる」


 というわけで、ミカ自身がデートしても、とくに燃えないのだ。


 だとしても、どうするのか? 

 次なる一手は? 


 また佳織と夏美に、何かの見返りとして本気の百合エッチをさせるのか? いや、それでは意味がないのだ。

 ミカのためにするという、他律的な構図では。


 二人が自主的に、本気の百合エッチに至るようでなくては。


 しかし、そのためにはどうすれば……。


 ミカは激しく思考を走らせていた。ここまで熟慮黙考することは、これまでなかったことだ。

 銀河評議会で地球人類の代表としてスピーチしたときでさえ、いまの100分の1も考えてはいなかった。


 ふと視線の先に、エマの姿が映る。


 いまエマは漂白剤を使って、畳の血痕を落としていた。

 昨夜、ローザが武装強盗の若者たちを惨殺したときの後始末が、まだ残っているわけだ。


 当のローザは、ネコ用クッションの上で丸まって、満足そうに眠っている。


 ミカは惨殺現場の掃除を、ローザにさせることはなかった。

 これは甘やかしではなく、どんなに賢いネコでも、自分の粗相で汚した場所を掃除はしないだろう、ということだ。


 それに武装強盗犯たちを残酷に殺した点は、『いい子、いい子』と撫でてあげるに値した。


(ひと様の家に、土足で上がるなんてねー。失礼だよ)


 というわけだ。


 とにかくミカの視線はいま、エマに固定されていた。

 そして閃きが、噴火のごとく脳内を貫く。


 ──「恋のスパイスは、百合の百合による百合のためのNTR寝取られにあり!」


 櫻子が息を呑むのが分かった。


 ──「……ミカさま。わたしは、そちらの方面ではまだまだ未熟な者です。ですが、その一手には、大いなるリスクがあるのでは? 一歩間違えれば、ミカ様が育て始めた百合が大輪の花を咲かす前に、根っこから崩壊してしまうかもしれません」


 ──「その価値はあるよ。成功すれば、佳織お姉さんと夏美お姉さんの関係値は、ぐーんと前に進むだろうし。あと何より、見守る私がドキドキして愉しいよね」


 ──「さすが百合的愉悦主義者のミカ様でございます。ところで誰を百合の刺客として送り出すのですか?」


──「誰だと思う?」


──「有住沙羅さんではありませんね。あのかたには荷が重い。ということは──」




※※※

    ──橘佳織──


 デートの日。


 待ち合わせ場所にした駅前で、佳織はとんでもない過ちに気づいた。


 今回のデート場所を、都内の遊園地にしてしまったのだ。


 それでいま最寄り駅にいる。ここからでも、遊園地の観覧車を見ることができる。

 カップルが、いちゃいちゃしながら乗り込む観覧車を──。


 それを見て、選択したデート場所の致命的な過ちに気づいたのだ。


「まって。ミカ、遊園地の乗り物に乗れないんじゃない? だって身長が五メートルの機械生命体よ?」


「……先輩、いまごろ気づいたんですかぁ?」


 と、すでに到着していた夏美が言う。


 夏美はデートということで、職場で会うときよりも、可愛らしいコーディネートの衣服を着ていた。

 先ほど駅前で見つけたとき、佳織はちょっと──いや、だいぶ、ドキッとしたものだ。


 それはそれとして、


「気づいていたのなら、言ってくれればいいのに」


「いえ、先輩。さすがにそこに気づいてないとは思えなくて。何か、そんな『不利』を差し引いてもお釣りがくる強みが、遊園地デートに隠されているのかと」


 真剣に困惑している夏美の顔を見て、佳織は恥ずかしくなった。


 それでも言い訳をするならば、今回のデートが決まるとは思っていなかったのだ。なんとなくミカは、デートを断るのではないか、と。


 それがとんとん拍子で決まったものだから、慌ててしまい、遊園地デートにしてしまったのだ。


(水族館のほうが良かったかしら……まだミカは来ていないけれど、いまさら場所を変更するのも……)


 などと考えていると、ふいに気づく。


 すぐそばに、白人の、長身の女性が立っていることに。


 目を惹く美人だ。同時に抜き身の刃のような、鋭さがある。何より、こんなに近づかれるまで、気づかなかった。


(え? わたしが鈍いの? それともこの女性が、気配を消していたの?)


 そんな女性は、流暢な日本語で挨拶してきた。


「はじめまして、エマと申します。ミカさまの名代として、参りました」


「「…………え?」」


 佳織と夏美の当惑の声が、ハモッた。

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