空と深淵、あるいは悲劇の同位体

スルメ

第1話 1日目 黎明の悪夢

それは、絶望の光景だった。

海からは、山をも凌ぐ質量を持った「深淵の青」が浮上し、空からは、物理法則を嘲笑うかのような「澱んだ黄色」が降り立つ。


空は澱んだ黄色と深淵の青に裂け、青の触手が黄色に向かって駅前のビルをへし折りながら振り回される。空中に幾重もの禍々しい幾何学模様が展開され、黄色が青に向かって住宅街を吹き飛ばしながら飛んでいく。


それは終わりだった。抗いようのない、絶対的な世界の終焉。

そして世界は白い光に呑み込まれていく.............。




「......っ!!!」

(夢、、、、だったのか?)


久瀬 拓真は、跳ねるように飛び起きた。

言いようのない不快感と、汗でびっしょりになった寝間着が自分を離してくれない。

まるで、現実であれが起きたような感覚が抜けていない。

カーテンの隙間から差し込むのは、いつも通りの、ひどく退屈で平和な朝の光だった。

少し安堵しながらシャワーを浴びに行った。


シャワーを浴びても、脳裏に焼き付いた「色」が消えない。

いつものコーヒーを飲みながら、テレビをつける。


「最近、このニュースばっかりだな...」


テレビのニュースでは、連日繰り返される「集団失踪事件」が報じられている。

拓真は頭を振り、無理やり日常の歯車に自分を押し込んだ。

大学へ行かなければならない。幸い、今日は休みではない。そのことが、かえって彼を安堵させた。



軽くスマホを見ながら、電車に乗る。ふと、頭の中に違和感がよぎった。


(この時間帯こんなに人少なかったか?)


いつもは満員とは言わないが、席が埋まるくらいには人がいたはずだ。

それが今日は、席が半分ほど埋まっていない、


(失踪事件....こんなに被害が....)


少しの犯人に対する不快感が湧いてくるが、ただの大学生には何もできない。

そう思っていると、夢の内容が強く浮き出てきた。


(なんで...また思い出す....?)


頭痛にさいなまれながら電車を降りる。

駅のホームに降りると、知り合いの顔が見えた。


「おはよう、九条さん」


よばれた彼女は少しボーっとしているようで、一呼吸遅れて気づいたようだ。

黒く長い長髪をたなびかせながら彼女は返事をした。


「....あ....おはよう、久瀬くん」

「? どうしたの、体調悪い?」

「少し頭痛がね...」


九条栞。常に凛とした空気を纏い、論理と完璧を体現する彼女が、今はまるで折れそうな冬の枯れ枝のように立ち尽くしていた。二人は無言のまま、吸い寄せられるように大学への道を歩き出す。街は静かすぎた。数十人単位で行方不明者が出ているという事実が、影のように背後に伸びている。


「人....やっぱり少ないわね」

「例の失踪事件らしいね、この町から数十人単位で行方不明者が出ているらしい」


そうしていると、大学の校門が見えてきた。

だが、少しいつもと違う、校門の横に人が寄りかかっていた。


使い古されたグレーのトレンチコートに、洗濯を忘れたようなヨレたシャツ。

緩く締められたネクタイの間からは、不健康そうな無精ひげが覗いている。

男は周囲の喧騒を拒絶するように、安煙草の煙を吐き出していた。

そんな男が、俺たちに話しかけてきた。

男の鋭い眼光が二人を射抜いた。


「やぁ、2人が久瀬拓真君と、九条栞さんかな」

「二人に話がある...夢の話だ」


一瞬、他人に名前と顔を覚えられていることに背筋が凍りそうになったが、

ある単語が出た瞬間、周囲の音が消えた。


「……ッ、夢……?」

「あぁ。君たちも見ただろう? 空が澱んだ黄色と深淵の青に裂け、名付けようのない怪物が街を蹂躙する……あの世界の終焉を」

「「!!!」」

「まぁ立ち話もなんだ、今日暇になったらここに来てくれ」


そういって男は名刺と一枚の紙をわたしてきた。

名刺には「真壁 宗介」という名前と「真壁探偵事務所」という所在が記されていた。

男は吸い殻を靴底で揉み消すと、一瞬だけ、憐れむような目を二人に向け、去っていった。


1枚の紙にはこう書かれていた。

「7日後、夢は現実になる」


真壁の背中が見えなくなっても、拓真は動けなかった。

手の中の名刺が、呪いのように熱を持っている気がした。


「九条さん...君も見たのかい?あの空が二色に割れる夢を」

「えぇ...空が黄色と青に割れて、2体の怪物が戦っていたわ」

「まったく同じ夢だ....」


複数人が同じ日に寸分違わぬ同じ夢をに見ている、そんな不可解な現象を体験し奇妙な不快感が体を走る。あれが現実になるならば、それは世界の終焉に他ならないだろう。


「どう.....思う?」

「どう....って?」

「信じるかい?あの男のことば」

「信じれるわけないでしょ...あんな、怪談じみた終末論」

「でも、実際に俺たちは同じ夢をみた」

「話を聞いてみるだけの価値はある……いえ、確かめる義務があるわ。」

「学校、いいのか? 九条さん、出席日数とかうるさかっただろ」

「ふふ、私を誰だと思って?一ヶ月くらい休んだところで、私の成績に傷一つつかないわ。……それより、久瀬くん。あなたこそ、あきらめて帰りたくならないの?」

「あきらめる? 冗談。あんな気味の悪い夢が正夢になるのを、黙ってられるわけないじゃないか」

「なら、行きましょう。真壁探偵事務所へ」


二人は駅へと引き返す。

ある奇妙な不快感を胸に抱きながら。

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