独白の残響(レゾナンス)
ロゼアとミリルが寝静まった深夜。楽器店の一階からは、低く、重厚なピアノの音が漏れていた。それは昼間の峻厳な態度とは違う、剥き出しの感情が鍵盤を叩くような、鋭くもどこか物悲しい旋律。
「……いいかげん、慣れるべきだな。あの子たちの目に、俺がどう映っていようとも」
ヴィクターは鍵盤から手を離し、暗闇の中で一人、溜息をついた。彼が二人に――特にミリルに厳しく当たるのは、かつて自分も「音」の不完全さゆえに、大切なものを守れなかった過去があるからだった。
「世界は、優しい旋律だけでできているわけではない。歪み、濁り、壊れゆく音……。それを律する覚悟がなければ、あの子たちの音はいずれ闇に呑まれる」
彼は懐から、古びた楽譜の切れ端を取り出した。余白には、かつて隣で笑っていた「誰か」の、躍るような筆致で書き込みが残されている。
「ロゼアの、あの危ういほどの無垢さは、いつか現実に折られる。……あいつが愛したものを直視するのは、時折、俺の臆病さが暴かれそうで怖い」
ヴィクターは再び、静かにピアノを弾き始めた。今度の音色は、冷徹な仮面の裏に隠された、祈るような、あるいは悔恨(かいこん)のような、深い響きを帯びている。
「……ミリル。お前の内にある『ノイズ』を恐れるな。それこそが、本当の意味で誰かの孤独を救う音になるかもしれんのだぞ」
その独白は、二階のベッドで眠る少女たちには届かない。
やがてピアノの音が止まり、静寂が店を包み込む。ヴィクターは窓の外の夜空を仰ぎ、消え入りそうな声で、ぽつりと呟いた。
(……お前の遺したこの音を、俺はいつまで守り通せると思う……?)
「……なぁ、姉さん」
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