Memorial Symponia〜メモリアル・シンフォニア〜

桜庭つむぎ

不協和音の序曲(プレリュード)

「……ふぇっ!? な、なにこれ、地面が震えてる……っ!?」

人間界、夕暮れ時の駅前広場。次元の歪みから飛び出したミリル・ブランシェは、アスファルトの上で無様に尻もちをついた。

「ねえロゼアちゃん、やっぱり戻ろうよぅ……。こんな騒がしくて怖いところ、任務なんて無理だよぉ……」

ふわふわのシルキーホワイトブロンドを揺らし、内気な彼女は半べそで親友の服の裾をギュッと掴む。

「何言ってるのミリル! 見てよこれ、すっごく面白そうじゃん!」

対照的に、ロゼア・ルミエールはチェリーレッドの髪をなびかせ、金の瞳を爛々と輝かせていた。人間界の夜を彩るネオンの光は、彼女にとって、幼き頃見た母の光そのものに見えた。

「あっちの看板、文字が動いてる! それに、あの丸っこい乗り物……自動車? 魔法も使わずに動くなんて、人間界って超ヤバくない!?」

本来の目的は「記憶の欠片」の調査・保護だが、ロゼアは人間界の文化に大興奮だ。

「ねえミリル、見て! あの子の『大好き』って気持ち、すっごく澄んだ音がする!」

広場の隅、ショーウィンドウをじっと見つめる少年の胸から、ひときわ澄んだ音が立ち上っている。ロゼアがチェリーレッドのタクトを軽やかに振ると、少年の胸から溢れた淡いハニー色の光が、軽やかなスタッカートを刻みながら彼女のジュエリーケースに収まった。

「ロゼアちゃん、また勝手なことして……。私たち見習いなんだから、勝手に動いたら怒られちゃうよ…」

隣で銀のタクトを握りしめるミリルは、青ざめた顔で周囲を気にしていた。

その時——重厚で、あまりに純粋なピアノの一音が、喧騒を切り裂いた。

「ッ……!? 音が、止まった……?」

ロゼアの手が止まる。広場の特設ステージ。そこには、一台の漆黒のグランドピアノと、一人の男が座っていた。

「……浮ついた音だな。ここを遊び場だと勘違いしているのか」

冷ややかな視線を向ける男。

「な、なによ。あんた……。あたしは今からここで大事な任務を——」

「知っている。ロゼア・ルミエール。そして、王家の一人娘、ミリル・ブランシェだな」

男は立ち上がり、二人を射抜くような視線を向けた。

「私はヴィクター・フォン・グレイズ。今日から貴様ら出来損ないの『見習い』を管理する、人間界での監視役だ」

「監視役……!? あんたが?!」

「ロゼア、貴様の音には覚悟が足りない。そんな空っぽな音でタクトを振れば、対象を壊すだけだ。ミリル、貴様の音は怯えすぎだ。そんな不協和音を垂れ流していれば、いずれ——自分自身の音さえ見失ってしまうぞ」

ヴィクターの言葉は鋭い刃のようだったが、どこか未熟な二人を案ずるような響きを含んでいた。

「死にたくなければ、まずは己の出す音がどれだけ周囲を乱しているか、その耳に叩き込め」

ヴィクターが去った後、ミリルはベンチに座り込み、自分の銀色のタクトを見つめた。王家という名門に生まれ、完璧な楽譜通りに振ることを求められてきた彼女のタクトからは、いつも震えたノイズ混じりの音しか出ない。

(わたし……ロゼアちゃんみたいに、自分の音を信じられたらいいのに……)

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