第28話 篝灯祭2
「ねえ、聞かせてほしいんだけど」
「なんだよ」
宿に帰り、二人だけになった部屋で、セラファはカイエルに問いかける。
「あなたが生きている理由……本当は何なの?」
セラファは、ずっと疑問だった。オルフェクス討伐直後ははぐらかされてしまったが、セラファの視点からは確実にカイエルは死んでいたはずで、それが大きな怪我もなく、今も生きていると言うことが信じられなかった。
「――そうだな、気になるよな」
彼はいつもの陽気である種の軽薄な雰囲気をそぎ落とした、真剣な顔つきになって頷いた。
「……」
しかし、続いて言葉が出てくることはない。何か、口に出したくない事実があるようだった。そんな沈黙が続いた後、ようやくカイエルは口を開く。
「エルンだよ」
「え?」
短く、簡潔な言葉だった。
だがそれが彼の生存とどう結びつくのかが分からない。
「エルンが、俺を突き飛ばして身代わりになってくれたんだ」
そう言うと、カイエルは深くため息をつき、身体を脱力させる。ようやく、心の中に引っかかっていた物が取れた。そんな印象を彼の姿から感じる。
「多分、こっそり後をつけてきていたんだろうな。俺が神狩になるかなんて誘ったばっかりに」
彼の言葉には、悔恨が重く影を落としていた。
「じゃあ、昼間リナに言ったことは――」
すべてを言わずとも、カイエルは頷いた。自分のせいで死んだことを、その人のことを最も大事に思っている人へ言えずに居る。それは彼にとって重荷であることは間違いなかった。
「まあ、明日にはこの町を出て行く。エルンの母ちゃんも、いつかは悟るはずだ。だから……そのまま俺の中だけにしまっておく……つもりだったんだがな」
カイエルがセラファに目配せをする。その目は「多分、お前はそうさせてくれないんだろ」と言っていた。その視線を受けて、セラファは考えを巡らせてから、自分の中で出来た答えをカイエルに伝える。
「ねえ、カイエル。エルンのお義母さんに話しに行きましょう」
「え、今からか?」
さすがに急すぎる提案に、彼は聞き返す。
「勿論、今も探し回っているでしょ、彼女」
セラファは外を見る。日も落ちて空は暗いが出店がまだまだ営業していて、そのうえ魔法灯のおかげもあって町には未だに活気があった。
「さすがに可哀想よ」
カイエルの言っていることは、エルンの義母へ向けた優しさの体を成していたが、その実残酷極まりないことだった。
「いや、だが――」
彼女の提案に、カイエルはなんとかしなくて良い理由を探しているようだった。しかし、彼の中でも既に答えは分かっていたらしく、時間をたてずに力なく首肯した。
「……分かったよ。確かに、筋として通さねえとな」
彼はそう言うと覚悟を決めたように手を叩き、しっかりと立ち上がった。
「あの――」
エルンの義母はすぐに見つかった。彼女はアーディンの南地区ではちょっとした有名人になっていたし、見かけないという方が珍しい存在だった。
「ああ、あなた……エルンは見つかりましたか?」
「っ……」
カイエルは言葉を詰まらせる。彼女の風貌は、一ヶ月前と比べて明らかに痩せていた。表情はうつろで、目の下には深い隈が現れていた。
自分が伝えないことで、彼女にそうさせているということが、カイエルの口を重く閉ざす。だが、セラファが軽く背中を押すと、彼は頷き、語り始めた。
「まず、謝っておくことがあります。俺は黙っていたことがあります」
「……」
義母は、その言葉を聞いて、カイエルが言わんとしていることが何なのか、察してしまったようだった。
「エルンは、オルフェクスの攻撃から俺を庇って死にました。目の前で起きていたのに、黙っていて申し訳ありません。そして――エルンを助けてやれなくて、すいませんでした」
深々とカイエルは頭を下げる。セラファが彼の横顔を伺うと、堅く目を閉じた彼の表情が見て取れた。
「……そう」
長い沈黙。様々な感情がうごめいていたであろう義母の言葉は、セラファの考えとは逆に静かで穏やかな声だった。
「じゃあ、私はもうエルンを探さなくてもいいのね」
肩の荷が下りた。そう形容するしかない言葉とともに、義母は静かに微笑むと、一筋の涙を流す。カイエルは顔を上げると、彼女の表情を見てより一層顔を引き締める。
「エルンのためにも、俺は残滓を狩り続けます。セラファ――不死の乙女とともに。そしていつか、神との離別を宣言した篝火の勇者のように、神狩の旗を掲げます」
カイエルが宣言して、義母は不死の乙女という言葉を聞いて目を丸くする。不死の乙女がオルフェクスを討ち、町を救ったという話は、町中に広まっていた。
「不死の乙女……そう、エルンはこの町を救ったのね」
彼女は涙で濡れた表情のまま、何度も頭を下げて町の中へ消えていった。
「帰りましょう」
彼女を見送った後、セラファはつぶやくように言った。
「ああ、そうだな」
カイエルもそれに続く、明日にはこの町を離れ、新たな場所で残滓を狩ることになる。そのために、英気を養っておく必要があった。
帰り道、街灯の光が弱々しくも確かに道を照らしていた。
「さて、準備は良いか?」
朝日を視界に捉えつつ、カイエルは旅の荷物を担いでセラファに話しかける。彼女も同様に、布で巻いた槍と、数日分の食料などを詰めた鞄を担いでいた。
「私には必要ないのに」
「そう言うなよ、飯を食べるのも悪くなかったろ?」
カイエルの言葉に、セラファは「まあね」と答える。
「向かうは東――そっちの方でゴズアルが何かしているって噂があるらしい」
「そう……」
セラファは短く答えて、足を踏み出す。はるか先には山頂に雪をかぶった山々と、その麓には深い森が待ち構えている。道は整備されているものの、決して楽な道ではなかった。
だが、セラファもカイエルも怖じ気づくどころか足を緩めることも無い。
それは恐れを知らないからでも、楽観的だからでもない。
隣で歩く人が居るから、離れていようとアーディンの人々が二人のことを記憶してくれているから、遙か過去の英雄たちも、きっと自分たちのことを見守っているから。
風が吹き、セラファの銀髪を揺らす。その風は遙かな旅路を示し、彼女の視線を空へ誘う。
アーディンには珍しく、朝霧のない晴れた青空。その先を見て、セラファは初めて空が美しいと思った。
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