45.呪詛返し



 自身が『悠久の神殿』に祭られ、男神の加護より蘇ってから早数ヶ月。俺は神の命に従い、自らの祖国ラミシスを滅ぼす戦いの最中にある。


 準備は全て済ませた。主戦となるコボルト達とハーピーらの訓練、軍備は整えている。妹フィオナに関しても手筈通りの『処置』を施し、後は女神の聖痕を継ぎし残り三家、リラミス、ルミネス、レミアスの当主らを殺し……彼らを女神の贄に捧げるのみだ。


 

『妹が食われたよう、悪しき王と臣下の末裔の身を魔物に食わせ、同じ苦しみを与えてやれ』


 そう告げた女神の兄、アストゥラルの言葉は未だ自身の胸に刻まれている。

 俺はかの神の望みを必ずしや果たし、そうして妹を五体満足で甦らせるのだ。

 ……その為の布石に、集めた街の人々らの前で仮面を取り、自らの素顔を晒す。


「トゥーリの街の人々よ! 我が名はフィリス・トエル・ラミシス。かつて勇者と呼ばれし聖ラミシス王国の第一王子である。私は女神エーティエルの贄として捧げられた後、神の力によりこの地に蘇った。神は私に対しこう仰せになった……聖痕持つ者を捧げねば、女神が再び地上に戻る事はないと。故に私は王位を簒奪し世を乱す逆賊ジニアス・リラミスとその配下の聖痕騎士団らを神に捧げ、我ら人の手に女神と正しき秩序を取り戻す!」


 俺の演説に人々は大きくどよめき、一部の人間はこちらの顔を見て大きく目を見開く。その内の一人が、おずおずと前に進み出て口を開く。


「フィ、フィリス王子。貴方を疑う訳ではないのですが、その……私のかつて居た村は貴方の活躍により全滅の憂き目を逃れました。二年前、この街より南方のサティスの村落でのこと。そこで倒した魔物の名を覚えておいででしょうか?」

「……サティスと言うと、洞窟に住み着いたオーガの小集団の件か。騎士団への寄付金が足りず、子供を攫う大鬼に村の若衆だけで立ち向かっていただろう。討伐の礼にと、村で振る舞ってもらった仔豚と赤カブのシチューの味は今でも覚えているよ」


 こちらの言葉に、男は一拍おいて大きな歓声を上げ、周りの人々へと呼びかける。


「……! 間違いない。この方は本物のフィリス王子だ。聖痕騎士団の庇護を受けられず、魔物の脅威に晒され続けた弱き者達の味方! 俺はずっと、彼こそがこの聖ラミシスの王になるお方なのだと、我々民を導いてくれると信じていた……信じていたのだ。女神は俺たちを見捨ててなど居なかった……ウゥ……」


 そう泣き崩れる男を前に、俺は微かに唇を噛んだのち笑みを浮かべ、言葉を紡ぐ。


「……いかにも、私は神と女神の慈悲を以ってこの地に蘇った。聖痕騎士団を打ち倒した暁には、勇者フィリスと神の眷属たるコボルトとハーピー、そうして女神エーティエルの聖なる力が汝らを守ると約束しよう」


 俺はそう都合の良い言葉を並べて立てた後、街の有力者らを集め指示を出す。


 次の目的地であるチェティリ要塞。そうして聖都ラミシスを攻略するに辺り、周辺領主への根回しが必要となってくるからだ。


 聖痕騎士団は、特権階級出身の『正騎士』と魔術師の末裔たる『従騎士』から成る武装集団である。その総数はおよそ千五百人ほど。普段彼らは歩兵戦力を持たず、有事の際に領主らを召集し、必要数の兵を出させる。


 騎士団は一度チェティリに兵を集め、こちらを迎え討とうとする筈。故にこのタイミングで周りに素性を明かすのだ。元騎士団長のジニアスか、第一王子の俺か。領主らはどちらにつくか惑い、まともな派兵は望めなくなるだろう。


「フィリス王子! どうぞトゥーリの領主館にお越しください。聖都ラミシス道中までの支援についてお話しが……」

「ああ、すぐに案内してくれ」


 民間人に手を出すなというコボルト達への指示と彼らの恭順が功をなし、街の人々らは侵攻を受けたにも拘らずこちらに好意的だ。街中には戦後処理を終えたコボルトらの姿がちらほらと伺え、中には人間の子供に囲まれ遊ばれている個体も見える。


 彼らはノースフィールの村々でも人間の生活に溶け込み馴染んでいた。コボルトの特徴として、彼らは体が小さく見た目の威圧感が少ない。そうしてそれ以上に、知性を得てまもない生物特有の、素朴で善良な気質が備わっていた。故に人間の中でも、彼らに気質の近い者達は親しみを覚え、歩み寄ろうとするのだろう。


「(……愚かだ)」


 それが虚であろうと実であろうと、弱き彼らは善きものを盲目的に信じ、それに付き従おうとする。

 この俺を、そうしてコボルト達を受け入れる民衆達を前に、ただ胸中でそんな感想を零した。




「ウォルフさま ……アレ、違う エッと」

「これからはフィリスで良い。どうした?」

「フィリスさま 俺たちズット 側ニ控えさせテル ドウシテ?」

「……疲れたのなら、他のコボルト達に交代させよう」

「チ、チガウ 疲れたトカじゃナイ タダどうして コレ必要ナノカ知りたくテ」


 トゥーリの街を出て一刻。俺は二人のコボルト兵を側に置き、馬車の中で揺られていた。

 コボルト兵は、ヨンカの部隊から適性のある者を選んでいる。彼らの手には薬瓶と杭、そうして『氷鼠の護符』が握られており、定期的にオドを充填したそれを自身の体に括り付けたものと交換する。


「敵の攻撃から身を守る為だ」

「テキ? もうすぐテキくる? 要塞マダなのニ」

「魔術の中には、敵を遠距離から攻撃できるものもある。その時に、今お前達が用意してくれている護符が役に立つんだ」

「……! ナルホド! ジャア俺たち 頑張って魔力コメる」

「ヨンカ隊長に 褒めテもらうんダ」


 そう無邪気に話すコボルト達を横目に、息を吐く。

 

 ……第一王子フィリスの生存が騎士団に知られた今、一番に警戒すべきは魔術による呪殺だ。


 確か騎士団長セシリアが、俺の竜骸を埋めた右手を所持していた筈。となれば遅かれ早かれ、敵もこちらが想定する手段を取ってくるだろう。


 がたがたと道の起伏に合わせ馬車が揺れる。

 そうして不意に、その時が訪れた。


「ッ……! ぐ、ガハッ」


 体に縛り付けていた無数の護符が割れ、それでもなお抑え込めなかった呪いが体中を巡り、苦痛をもたらす。


「フィ、フィリスさま!」

「っ、早く薬と杭を」

「ハ、ハイ!」


 喉奥から溢れる血と共に、瓶の中身を飲み干し杭を手に取る。

 粘膜からの出血と高熱。この症状は間違いない。体外に流れ出ようとするオドの動きを薬で鈍らせ、口早にその呪文を唱える。


『汝に告げる 揺蕩う黒のマナ 闇の落し子よ 赤きオドと 敵の手の内にある我が血肉を依るべに 敵に災いをもたらせ』


 そう最後の呪文を唱えると共に、自らの左肩に杭を捩じ込む。場所は何処でも良いのだが、心臓に近い箇所ほど効き目があるのだという。


 杭からどくどくと黒い血が溢れ腕と左胸を伝う。側に控えていたコボルト達は可哀想な程にパニックになり、泣きながらこちらの名やヨンカの名を呼んだり、馬車の中をウロウロとしていた。その様子を目に、薄れかけていく意識を何とか強く持つ。


 そうしてやがて杭から流れた血がピタリと止まり、身体中をのたうち回っていた痛みが引いた。


「……ハァ、もう大丈夫だ、お前達。っげふ」


 彼らを安心させるため、開いた口から赤黒い血が零れる。自身の側に控えていたコボルト二人は、ぎゅっと互いに抱き合い、ぶるぶると震え泣きながらこちらを見つめていた。


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