第38話 狂喜乱舞


 オクトーバーフェストにおける初日の推定来場者は約40万人。各々の事情によって入場と退場を繰り返してアクティブに多少の変動があったとしても、最低でも20万人は広大な空き地に集まっているはずだ。そんな一般人である彼らが行っているのは狂喜乱舞。異様なまでの高笑いが聞こえ、至るところに設置されるテントは引き裂かれ、その感情が余り余って暴力に向かわせる。


「――――っっ!!!」


 その集団の一部が私に殴りかかってくる。型も基礎もない力任せな拳だった。わざわざ避けてあげるまでもない。


「――」


 私は鳩尾辺りに肘鉄を打ち、一般男性をノックダウン。その身体を人目がつきにくい物陰に隠し、再び移動を開始する。


 それを幾度か繰り返し、見えてきたのは控え室のテント。中にはこの危機的状況を打開する可能性を秘めたアイテムがある。問題を絶対に解決できるとは言い切れないけど、何も持ってない今の私よりかはマシだった。


「…………」


 しかし、私の足は目的地の数歩手前でピタリと止まる。諦めたわけでもなく、心変わりをしたわけでもない。


「……よぉ、嬢ちゃん。踊り狂おうや」


 正面には白と黒の二丁拳銃を構えた義足の男が立っている。身には黒いセンスを纏い、そこらにいる人とは一線を画している存在なのが分かった。


 恐らく、殺意を振り撒く元凶か、もしくは最も色濃く殺意の影響を受けた個体。どちらにせよ、敵であることに変わりはなく、私は三叉槍を構え、言い放った。


「謹んでお受けします」


 ◇◇◇


「――認めざるを得んな。魔法使いの名は伊達じゃないらしい」


 交差点の中央に立ち、右手で大太刀を握り込むルドルフは呑気に私への評価を下す。周囲の道路は大きく陥没し、深く切り込まれた斬撃の跡が残っていた。


「…………はぁ、はぁ、はぁ」


 軽口に付き合ってあげられるほどの余裕はなかった。物理的なダメージは最小限に留めたものの、精神的なダメージは極めて大きい。


 私の頭を悩ませるのは、大太刀による殺意の伝染。


 斬撃に直撃しなくとも、刃が身を掠める度に私の正気度を少しずつ削っている。単純なフィジカルで勝っていたとしても、殺意の伝染に頭のリソースを全て持っていかれており、いまいち押し切れずにいた。


 このまま長々と戦闘を続ければ、ルーカスの二の舞だ。今頃は周囲に殺意を振り撒き、祭りに参加させる人々に伝染させているはず。私が殺意に呑まれてしまえば、被害は加速度的に進行し、過去現在未来まで広がる可能性がある。それだけは避けなければならない。


 ルドルフを倒す、もしくは、大太刀を破壊する。


 そのどちらかを達成しなければ、人類は終わりに向かう。常闇の王が戻ってこようがこまいが、地球にいる大半の人間は死んでしまう。それを防ぐためにも私は……。


「――――――」


 赤いセンスを練り上げ、身に纏う。彼とこれ以上の言葉を交わす必要はない。短期決戦でケリをつける。


「ほう。まだ出力を上げられるか。その底知れぬ実力に敬意を表し、私なりの全力で受けて立とう」


 大太刀の扱いにも慣れてきたのか、ブンブンと刀を振り回し、ルドルフは余裕綽々で答えている。その身体には私とは相反する青のセンスを纏っていた。


「「…………」」


 間合いを見極め、足を運び、距離を調整する。拳が届くまでの距離は約三歩。踏み込んだ大太刀の横薙ぎがギリギリ当たらない位置にいる。一歩踏み込んだ時点で斬撃が届く間合いに入り、二歩踏み込んだ時点で恐らく音速弾が飛んでくる。それらをかいくぐってルドルフに一撃を食らわせるのは非常に困難。これまでの攻防でも証明済みであり、同じことを繰り返しても私の正気度が削られるだけだ。


 『時代精神ツァイトガイスト』を使えば、過去現在未来に干渉できる分身体を発生させることができるものの、手品の種を知っている彼は詠唱する隙を与えてくれない。さらに言えば、詠唱に成功したところで、数十秒前か後ぐらいの時間しか分身体を飛ばせない。ツクヨミに協力した時は約九か月前に干渉することができたみたいだけど、あれは例外中の例外だ。神+その神を祀る神社という条件を満たした上でのタイムスリップ。あれを平場でやるのは難しい。今の私の実力じゃ不可能だ。


 ……いや、ちょっと待て。


 目の前にいるのは、偶然にもツクヨミの依り代だった存在だ。もう中には神がいないだろうけど、力の残滓が残っているかもしれない。それを利用すれば……。


時代精神ツァイトガイストで過去を変える。そうすれば、殺意が振り撒かれる結末を避けられる……とでも考えていそうだな。戦略的には正しいかもしれないが、戦術的には間違っている。それは今をなおざりにした負け犬の思考だ」


 一切の気を抜かないまま、ルドルフは私の心を見透かしたように語る。厳密な魔法の可動域は分かっていないはずだけど、彼の指摘した部分は明かした手札から想像できる延長線上の出来事だ。見抜かれても不思議じゃないというか、同じ条件下で洞察力が優れている人物なら彼のように当てることはできる。


 ただ、私はこれに些細な違和感を覚えた。心を見抜かれたというより、心を見通された感覚に近い。もしかすれば、ツクヨミと接点をもったことで私との間にパイプラインができ、向こうが一方的に私の心を読めるのかもしれない。


 だとしたら、これまでの攻防にも合点がいく。私の魔法の作動方法がバレているとはいっても、毎回毎回、最悪のタイミングで詠唱を邪魔できるのはおかしい。それを露骨に利用して、倒しにきていたらすぐに気付いていただろうけど、そこまで踏み込んでこなかった。察しが良いという認識で済む絶妙なラインを行ったり来たりして、私の意識を散らせていた。


 理由は恐らく時間稼ぎ。


 ルーカスに殺意を伝染させた時点で目的の大半は果たされており、私との勝敗はそこまで重要じゃなくなっている。仮に私が勝てたとしても、常闇の王が帰還したらチェックメイトだし、心を読めるなら数十秒以上の過去に干渉できないことも知っている。ツクヨミの残滓がうんぬんも仮説でしかなく、ルドルフ目線だと勝っても負けてもどちらでもいいんだ。


 参ったな。ルドルフの攻めをかいくぐったとしても、勝ち目が薄い。ツクヨミの奇跡に頼るという、ある種の神頼み的な面を見込んだ勝ち筋しかなく、勝率にすれば1%以下だろう。今をなおざりにしているというのもごもっともで、私は現時点でのルドルフ打倒を諦めつつあった。


「認めてあげる。確かに、今のままだと私の勝ち目は薄い。仮に魔法を使って過去を変えようとしても、貴方と私の実力差に変わりがないなら、同じような結末を辿る可能性が高い」


「何か言いたげだな。その口上の後には大抵、今までの内容を否定する逆説の言葉が続く。言ってみろ。ここまで付き合った礼儀として、しかと聞いてやる」


「…………でも、私にはママがいる」


 迫り来る懐かしいセンスの気配を頼りに、私は確信をもって言い放つ。言葉を言い終えた頃には陥没した道路の大穴に着地する存在がいた。


「――――」


 鬼と化したセレーナ・シーゲル。最高のタイミングでママは登場した。

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