女としての今の自分と、オバサンである自分を受け入れる瞬間に始まった恋

3太郎

第1話

丁寧に化粧をする、何ヵ月、いや一年ぶりくらいだろうか、私の心は鏡の前に座っているだけでときめきを隠せないでいた。


すっぴんの顔はやはり年相応のおばさんという現実はあるものの、化粧をすればまだそれなりに、いや、一回り以上は若く見えるのだ。




ヘアバンドをつけ、準備にはいる。やはり目はキラキラ輝くと潤んで光っている。化粧水を顔全体に馴染ませる。血色がよくなり目と同じく潤いが戻り肌の艶が渇いた大地に水を撒いたように甦った。




やはり(女として)テンションがあがる。




美容液と乳液を掌にとり擦りながら、掌全体に伸ばし、顔や首に均等に広げながら肌に馴染ませていく。それらがベタつき肌がさらに若返っていくように感じる。




今日、ランチで集まるメンバーの山田君の顔が浮かぶ、チラッと時計を見ると、待ち合わせの時間に遅れはしないが手早く化粧を終わらせないと、ギリギリになりそうだった、久しぶりでも化粧のやり方は忘れはしてないだろうけど、やはり少し不安があった。  




下地を手の甲に適量乗せ、伸ばして顔の中心から外に広げていく、数日前に百貨店までわざわざ買いにいって店員さんに合わせて貰ったので、ファンデ、コンシーラー、パウダーまではなんなく整った。




眉は自信があった、アイブロウだけは化粧しなくても手入れは欠かさずやっていた。




問題はアイメイクなのだが、年による目の回りの窪みがいっそう酷くなっていることにより、見た目以上におばさんを感じる部分──


しかし、YouTubeでおばさんでも十歳若返りメイク術(美容系YouTubeをフォロー)を観ることを趣味にしていたので、その問題もクリア出来た。


まゆみさんありがとう(YouTuberさんのお名前)


あなたのいつもの口癖「アイメイクは盛る勇気」を実践させて貰ったわ。まつ毛が少しオーバー気味にカーブしていて艶を持っていた。




チークを控えめに乗せて足していく、リップも派手になりすぎず、上品に仕上げハイライトをピンポイントに乗せたら完成──




くたびれた主婦から、美魔女に(言葉は嫌いだが)変身した。


我ながら結構驚くほどのでき上がりに、ビックリしつつ用意していた、去年バーゲンで買ったきれいめな


トップス( 光沢感のあるブラウス)


ボトムス(ロングスカート)


羽織り(季節色のカーディガン)


で合わせた。




このコーデで更に自信がついた。




八割がた、夕飯の準備は終わっているので、帰りが万が一遅くなっても多少の時間の余裕はある、そういう万が一も頭に置いて、ランチの集合場所に向かう(夕食が遅くなると夫の機嫌が悪くなる(公務員定時帰宅)今日は平日(私の職場は臨時休業))


玄関に出しておいた、歩きやすさと上品さを兼ね備えたローヒールパンプスが足に心地よくフィットした。




玄関の大きい姿見鏡に映る前でくるりと、年甲斐もなく回ってみた、ロングスカートがふわっと広がり綺麗な中心線を描くように回った。




一応この日のために準備した私は自分で自分を褒めてあげて、目的地へ向かう。




化粧の段取りがよかったのか、時間より30分も前に待ち合わせの場所に到着した(手土産の準備できる時間を使っても余裕だった)




待ち合わせ場所は、老舗の百貨店の前、


雑多で行き交う人が割りと多い(平日の昼なのでサラリーマンが特に目立つ)


改札から、少し歩いた待ち合わせポイント、


私以外にも待ち合わせだろうか数人、私のように着飾って待ち人を待っている。私は後ろ側にある大きなガラスに映った自分を背筋を伸ばして確認してみた。やはりいつもと違う私にまだそれなりに少し違和感があった。


少しつけすぎた、香水といつもは付けないアクセサリーが違和感の共鳴と、見違えた自分の間を彷徨っている。おかしな瞬間である。




そこに感じたこともない威圧感に気づく。若い男の匂いだった。


「お疲れ様です」と聞き覚えの声が聞こえた。


バイトの山田君が全身黒コーデで爽やかに立っていた。


私はいつもアンニュイな山田君とは違う山田君に思わず。十数年振りのときめきを感じ、微笑みと緊張で潤んだ瞳を隠すように咄嗟に視線を外した。




山田君はその視線を外す私を追いかけるように、


「南さん、びっくりしちゃった普段とはまた違った"美しさ"だったから」


五分くらい眺めて、南さんか確かめてましたよと、さりげなく褒めてくれた。


山田君からすれば褒めてはないのかもしれないけれど、私は嬉しかった。




「山田君もいつもと違って、お洒落に決まってるね」っと本音で返した。


私はもっと褒めたかったが、控えめに抑えて言った。若者の前ではしゃぐのもみっともないと


なぜか分からないけど、そうしたのだった。




「そうっすね、ちょっと頑張ってみましたと」


そっけなく、甘えた感じで山田君は答えた。




「南さんも、いつもと感じが違いますね、いつも、もっと……」




そうい言って少し間があって(山田君の焦る顔を見逃さない私)




「"こんなに変わるんだな"と驚いた」と続けた。




……のあとは、多分"いつも、もっとおばさん"っと続いたんだろうと思いながら、褒めてくれる山田君の話を、やっぱりな──という気持ちで訊いた。




仕方ない、私は年齢的に"やっぱりはおばさん"なのだから、どれだけ頑張っても山田君と一回り以上も離れているんだからと──気合いを入れてきた自分を一瞬で見失った。




そうこうしてるうちに、後二人の、私より年齢の上の"お姉さま"方が美しくお洒落して大きく手を振って、ド派手にやってきた。




「いやだ、南さん。どこの"お嬢さんかと"思っちゃったわ──美しい」っといきなり褒めてくれた。




そして




「山田君、いつもより"シュッっとして"南さん見て照れてない?惚れちゃダメよこの人、"人妻なんだから"」


っと山田君に突っ込むヴェテランお姉さま──




佐藤さんは「私はフリーよ」っとお茶らけて、笑わせる。抜かりない。


清水さんが「何言ってるの!山田君ひいてるから……」ボケと突っ込みが入り乱れる。


流石すぎて、いきなり場の空気をさらって行った。いわゆる"掴みはOK"という感じの登場である。




私と山田君、両方を持ち上げるそのテクニックに私はさっきまでの、モヤモヤが一瞬にして晴れた。


流石にこれには凄いと頭が下がる。




斎藤さんも、清水さんも当たり前にバッチリお洒落に決めていた。




斎藤さんはシックな落ち着いたワンピースにブランドのバックを持ち、清水さんはカジュアルな着こなしで今風と昔のファッションが合わさった、細いウエストに大きめのベルトが印象的な感じだった。




清水さんは元モデル(通販雑誌)という噂があるだけに、本当に格好よかった。




斎藤さんが時計を見て、すぐそこのお店だからと、予約に遅れちゃうから急ぎましょうと、スタスタと先頭を歩きだした、その横に小走りで清水さんが付く。




私と山田君がその後に続く──




斎藤さんの少し横幅のある体型に、小脇に抱えたブランドバックの金具に光がピカピカと反射して揺れる、その横をウエストの位置が高い清水さんのベルトから垂れ下がるアクセサリーが揺れている。


それらは同じタイミングで揺れている、歩幅と歩く足が同じだから、揺れるタイミングが同じなのだと冷静に観察する私──




そう、待ち合わせ場所から山田君と会話がないのであった。


なにか喋りたいけど、話題が見つからなかった。


チラッと山田君に視線を向けてみたいが、それも、できない私は、こんな時に(なぜか)昔付き合う前に、付き合ってもいない相手に振られた思い出が甦った。




それを思い出した途端に、山田君にスムーズに話してる私がいた。


そう、沈黙があるという理由が振られた原因だった。


それから私は沈黙が苦手で、それをどうにか回避する術は持ち合わせていた。それが今役に立つ。




「今日は無理に誘っちゃってごめんね、佐藤さんに後一人誰か誘ってて言われちゃって、山田君がいるとさ、場が和むでしょ……山田君若いし職場で人気あるからさ、おばさんとランチは嫌だった?」




私は一択の答えしか答えようがない、質問を"おばさん"という強迫染みたものを盾にして、若い山田君に投げ掛けてしまった。




長く思える沈黙が、汗と変わり私の頑張った化粧の下から滲む、こんなに長く答えに困る質問をなぜ振ったのか、おばさんと自分で認識する微妙な年齢を恨めしく思う。




「うん、そうでもないですね。」


山田君が爽やかに答える。




そうでもない?


"そう"とはどういう意味なのか、頭が"壊れたラジカセ"のようにフル回転する。




今度は私が答えに困る……




これってZ世代特有の答えなのかしら?


タイパ?コスパ?(息子もZ世代じゃないけど、こんな感じだわ)


私はオーバーフローのタンクようにわき汗がブラのサイドバンドまで、垂れ下がって来るのを感じ手で押さえた。


多分わきをあげると、ブラウスはわき染みで濃く変色していることだろう。




そうこうしてるうちに目的地の


お洒落な和風作りの「隠れ家」という名の、なんだか頑固親父が営んでそうな雰囲気のあるお店についた。




中はカウンターと四人掛けのテーブルが三つと奥に掘りごたつの座敷が二つあり、中央にしきり板が立っていた。


奥が予約席と札が見える。




お昼時なのでお店は満席だった。


私たちは奥の予約席に時間丁度についた。




上座に佐藤さんと清水さんがが座った。




手前奥に私が、出入り口が近い方に山田君が座った。脱いだ靴はお店の人が靴箱にいれてくれた。




隣に座った山田君の長い足が窮屈そうに掘りごたつに収まっている。


私はその長い足に目を奪われていた。太ももは結構がっしりしていて夫よりたくましく太かった。ズボンの裾から足首がチラッと見える。スニーカーソックス(黒色)のようだ。黒の靴下と足首の白い肌のコントラストが妙な若い色気を醸し出す。


そして隣ゆえの、若い肉体の匂いが、敏感になっている私の五感が察知してゆっくり鼻の奥に吸い上げる。


多分(いや、かなり自分が欲求不満であることに気づかされた)これ以上は駄目だと理性が止めに入った。




話が注文まで進んでいた。予約サービス(おまかせコース3500円)で一杯飲み物が付いていた。


皆、昼からだが飲んでも大丈夫(電車)ということで生ビールを注文した。




正面からまじまじと見る、佐藤さんと清水さんはこんなお顔だったのかと、なにか不思議な気分である。私たちの仕事は弁当製造工場で、ライン清掃と整備点検で三ヶ月に一度お休みになる(二日間)その休みを利用しての、お疲れ様の食事会をこのメンバーではじめて開かれたのだ。


いつも頭から足まですっぽり白衣に包まれていて、マスクも付けているので、顔は休憩と行き帰りの着替えの時しかハッキリと見られないので、この仕事を始めて化粧もしなくなったのだ(仕事中は化粧禁止)


だから、お姉さま方の顔をまじまじ見てしまう。お姉さま方もやはり、私と山田君の顔を同じように観察していた。




生ビールとつきだし(季節のお野菜の御浸し)が出てきて、乾杯で食事会が始まった。


佐藤さんが私に、勤めて何年と訊いてきた。


一年と答えた。斎藤さんと清水さんはもう三年働いているらしい、結構な重労働で一年の私でも、結構な筋力がついたことを話したら、うんうんと頷き共感の笑いが起こった。


山田君が半年前にラインに入って来たことを、私は昨日のように覚えている。ラインには(機械の操作や力がいる場所)男性を配置することのが決まっていて、そこに空きが出たことで、入ってきたのが山田君だった。私のラインの目の前で一生懸命作業する山田君がいつも私の視界に入る。顔はマスクで隠れて見えないが、がっちりした若い男のシルエットは私を熱くさすには、十分なくらいに魅力的だった。


一方的ではあるが恋に落ちることは、全く難しくはなかった。


私はいつからか、この若い男に恋をして惚れてしまっていたのだった。


しかし、目の保養と自戒する私自身もあった。欲求をほっする私自身を"慰める"対象で彼を見ることで一線は越えてはならないと更に戒めては見るものの


、やはり彼をそういう目で見てしまっている自分がいた。


そう、地味な仕事と生活の唯一楽しみが彼だった。




そしてその"慰め"が今も続いている。その山田君が今日は隣にることが、本当に奇跡のように思うのだった。横顔がこんなに綺麗なんだと目に焼き付ける。


おばさんの自分にはこれ以上の行動が取れないのが虚しくもあり、悲しい現実でもあった。




目の前では楽しく笑う、佐藤さんと清水さんが羨ましい。地味な仕事をもう三年も続けるその原動力は何なのか、訊きたくなった。




料理が運ばれてきていた。佐藤さんの行きつけで常連というお墨付きは間違いはなく、どれも美味しかった、新鮮なお魚のお造りが数種類も並び、生ワカメが渦の様にちょこんと置かれ、緑の本わさびがぴりりと辛くお造りに合った。天ぷらもふわふわのサクサクの熱々で上顎を火傷しそうになって、生ビールを一口流し込んだ、普段あまり飲まないのでもうほろ酔い気分だ。


よった勢いで右足を山田君に触れさせてみた──




山田君はこちらをチラリと見たような気がしたが、足は触れたままであった。背徳感ぞわぞわと身体を駆け抜けじわじわと火照る身体。




「この歳になると女って寂しいですよね」


(子供も成長し段々と親離れし、夫とも趣味が合わず会話も少なくなってっと愚痴が出る)




ついつい出てしまった、その言葉を聞き逃すことなく、お姉さま二人は箸を止め、私の方に耳を傾けた。


微笑している、もっと深層を私に話させたいのだろうか──


話を遮らない、愚痴があるんでしょ?おもいっきり吐き出してスッキリしたら?そんな眼差しを送っているようだった。




私はずっと気になっていた、山田君の「そうでもないです」という言葉を思い出た。




そしてうざく絡む……


「山田君みたいな若い男の子がこんな、おばさんの食事会に来て楽しいのかしら?」


さっき山田君「そうでもないです」って言葉


私、傷ついたんだけど──と、


気まずくなる、もしくは今後こういう食事会はもう開かれないであろう(呼ばれないであろう)一言を酒の勢いを借りて口走ってしまう。




山田君は触れていた足を素早く離した。


私もそれに気付き離した。


そして言ってはならない、場違いな発言だと思ったがもう遅い。




佐藤さんがなになにと…「その話訊かしなさいよ」と私と山田君を見て微笑する。清水さんも続く、「はい、山田くんから」と合いの手を入れた。




山田君はさっきあったことを、身振りてぶりで佐藤さんと清水さんに伝えている。


そして「人生経験で年の離れた方との交流は、僕にとっても大事なことだと思ってこの食事会に参加した──」っと至極真っ当なストレートな答えを返された。




私はその答えを訊いて、全くもって自分のこれまでの一方的な思いが(恋心)恥ずかしくなってきた。と同時に


ポッカリと心に大きな穴が空いた。涙が両目に溢れてきた。






「うんうん」と佐藤さんと清水さんが笑う。


あんた達まだまだ若いわね。


先ずは、


「山田君、そういう自分からは正論な意見でも、(惚れてる)女性に(南さん)面と向かって言うことは失礼ということを覚えておいてあげて、そうしたら、あなたはもっと良い男になれるわよ」




私が山田君を好きなことがこの時点でバレたのだった(もうずいぶん前からバレていたのか)




「山田君俳優めざしてるんでしょ?」


今度は清水さんが話す。




「だったら人を魅了することに敏感にならないとだめよ、女って嘘と分かっていても好きって言葉を聞きたいんだから、女心をもっと研究するように──」


まあ、これは男でも同じなんだけどと笑う。




「はい、南さんの気持ちは何となくは気づいていました」


と山田君は正直に話してくれた、しかし、まさかそんな年の離れた人が──っと言いかけて、言うのをやめた。


そして、山田くんはなぜかまた、私の太ももに自分の太ももを触れさせてきた……


そして私も今度は温もりを感じれるくらいに"きつく押し付けた"。




なぜだか分からないけど私の心の穴が修復された行く。








それから直ぐに私は山田君と密会する関係になった──ホテル、車、山田君の部屋、私の家などで

逢瀬を重ねた。山田君は私を愛してくれた。言葉や態度でそれらを感じた。その時間がこれからずっと死ぬまで生きる私の糧になっていくことが嬉しかった。





それは山田君が俳優として世間に名前が知られるようになるくらいまで続いた(三年程)






その後、関係は自然消滅したが、私はその関係を後悔したことは一度もなかった。私を女として見てくれたことに今でも感謝している。

山田君が情報番組で、人生の転機を聞かれ「弁当の製造工場での出会い」と目を細めて話しているのを見たとき、私の目からポロポロと涙が止めどなく溢れてきた。






おわり




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