第一章 妖精の尻尾(フェアリーテイル) 日照権裁判⑩ 閉廷
「た、ただいま」
「先生、しっかりしてください」
そんなハプニングにも見舞われつつ二人はようやく自宅事務所へと帰ってきた。
ちなみに正義は先の件で腰を抜かしたのでそのままリヤカーの大量の花束に包まれ、結果繕が一人でここまで運んできたのだった。今も手を貸して歩いている。
「あれ? わたしお家出るときに電気消し忘れましたっけ?」
家の鍵はかかっている。それでも電気がついていたのだ。すわ自身の消し忘れを疑うがその疑念はすぐにとっぱらわれた。
「おかえり二人とも。遅かったじゃない。何してたの?」
リビングで甲斐甲斐しく花を活けていたのは短髪でボーイッシュな姿の小柄な女性だった。短髪にもかかわらず花が髪飾りとしてあった。
「誰だ? 糸増君のお友達か?」
「いえ。先生のお知合いでは?」
二人ともが見知らぬ人物。ということは良い方に考えて新規の依頼人、悪ければ空き巣か何かか。そう判断し、正義を放り出し構えをとろうとする繕に、侵入者は笑いかける。
「あ、やっぱり分からないわよね。にひひ」
「え」
言うが早いが、小柄な女性の姿は消え失せ、小さな存在が目の前を浮遊する。
「あたしよあたし」
「フェイちゃん⁉ 他の妖精さんたちとお引越ししたんじゃないの? いや、ていうか今の姿は?」
大いに混乱する繕の姿を満足げに眺め、フェイは告げる。
「にひひー。どうも認識してくれる人が増えたからか知らないけど、少し力が強くなったみたいで、今みたいな変身が出来るようになったってわけ。ここの事務所はお花たくさんあるしね。それよりあんたたち、窓が開きっぱなしだったわよ。不用心ね」
確かに、昨夜視認検証をするために繕の家にはなかなかの量の花が持ち込まれていた。さらに今や法廷から持ち帰ったリヤカーいっぱいの花束もある。花を力の元とするフェイの力が強まるのも当然だった。
「できるようになったのはいいが、一つ目の質問の答えにはなっていないな。なんで君がここにいるんだ?」
繕に放り投げられた結果、無様にも地べたに腰を落としながら問う正義に、同じ目線の高さまで降下したフェイ。
「他のみんなはお引越ししたわ。せんせー。今回あんた、報酬が何も受け取れていないでしょ? だからみんなを代表して、あたしがその代わりになってあげようってわけ」
「代わり?」
「そ。住み込みで、今後あんたたちのお仕事手伝ってあげるわよ。今ご覧のとおり、できることも増えたし、お花の水やりさえかかさなければ妖精の加護を受けられるって、素敵じゃない?」
自信満々に言う割には、その目は置いてくれるのかどうか、不安そうに窺っているようでもあった。その顔色を受け、正義は嘆息し答える。
「そうだなあ。しかし今回、依頼を受任したのは正式には俺じゃないし、この家の持ち主も俺じゃないからなあ。居候を一人増やそうというのに俺が決めるわけにはいかないかなあ。糸増君。どうだい」
「そうですね。ついさっきも妖精さんたちの自由気ままさを思い知ったばかりですしね。それにフェイちゃん、いえフェイさんには前にがきんちょって言われちゃいましたしね」
「う。ごめんなさい。だめ、かしら」
わざとそんな焦らすようなことを言ったのは繕なりの意趣返しか。不安がるフェイに向け、繕は笑みと共に言う。
「ダメじゃないよ。フェイさん。お家も華やかになるし、わたしは大歓迎だよ!」
その言葉を受け、フェイの顔は明るくなる。まるで花が咲くかの如く。
「そーよね! このあたしが手伝ってあげるんだもの。まったく、感謝しなさいよ」
そう言い、ひらひらと宙を舞う。そして「そうそう」と繕に背を向けて言う。
「一緒に暮らしていくんだからさ、あたしのこと、余所余所しくさん付けしないでよ。繕」
今度は繕の花が咲く番だった。
「フェイちゃん! 良い子。可愛いよー」
「勘違いしないでよね。別にあんた達と一緒にいたくなったとかじゃないんだから。あくまで報酬としてだからね!」
捕まえ可愛がろうとする繕の手を潜り抜けながら、フェイはそんなことを言う。
「ま、そういうことにしておくさ。成功報酬としてありがたく受け取るよ」
腰が抜けたまま、正義はそう言い、二人の様子を見守る。繕とフェイの追いかけっこの姿はまるで、ありもしない妖精の尻尾を追いかけようとするようだった。
第一章 妖精の尻尾 日照権裁判 閉廷
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