【天使】愛しい人の子を失った天使が狂気に堕ち、寵愛してしまうお話
第1章 失望
「ルカ、貴方を下界の追放するわ」
天界にそびえ立つ塔。雲を抜け朝と夜の狭間を一望できるこの最上階で、月光を纏う神は告げた。玉座から降り、銀髪をふわりと靡かせながら私の前に立つ神の名はシエル。この世界を統じる創造神である。
「任務の邪魔だからと仲間に手をかけたと聞いたわ。……まぁ嘘だとは思うけれど」
「嘘だと思っているのなら、なぜ私を追放する。すべきなのは戯言を言った奴らを下界へ堕とすことだろう」
二人だけの空間に、私たちの声だけが響き渡る。時の流れすら感じない不気味な等の中で、シエルはただカラカラと笑った。
まるで、今さら何を言っているんだというように。目を細め、口角を歪に上げる。
「その方が面白いじゃない。仕事が出来ない天使は貴方のありがたみを知り、貴方はのびのびと下界で過ごせるのよ?」
「意味がわからない。お前の愉悦のために私を利用するな」
「高慢な天使が下界に堕ち、その天使に支えられてたことを知らない愚図な天使が絶望する。フフッ、あーおかしい。気になって仕方ないわ、この未来」
シエルは私の言い分なぞ聞く気はなく、わざとらしくこちらへ歩いてくる。仮にも下僕である天使を捨て駒のように扱うイカれた神だ。
私たち天使は、羽の大きさこそが強さそして地位の象徴。そして、私はこの天界一の天使だ。だからこそ適材適所と守るべきものは守り、役不足のものは裏へと回す。的確な指示を出してきたつもりだ。だと言うのにこの仕打ちか。
「奴らは私のことを、貴様にどう告発した」
「そのままよ。無理難題を部下に命令した挙句、それを遂行できなかった天使に矢を飛ばしたって聞いたわ。フフッ、分かりやすい嘘を熱弁して面白かったわよ」
ひとしきり笑った後、シエルは片手を上げた。そして、空間を切るようにその手を静かに下ろす。冷たい風が頬を掠めた時、左の翼が舞った。翼は羽根となり、崩れ落ちるように散っていく。
桜のように、ゆっくりと。
音もなく、溶けるように。
積み重ねた努力、功績、地位は一瞬で堕ちた。ただ、神の愉悦のためだけに。私の、片翼が。堕とされた。
「……追放、だけではなかったのか?」
「あら、怖い。これはもう一つの罰よ。確かに貴方は強いけれど、統率力がないもの。部下をまとめられず、挙句の果て輪を乱す。傲慢なのは仕方ないわ。でも、上に立つ者として少しは協調はしなさい」
氷柱のように、落とされる言葉たち。今すぐにその首を切り落としてやりたいと、渦巻く心は晴れることなく。瞬時に剣を握れば、シエルは桜色の眼に私を映してにこりと笑った。
「感情の一つでも、下界で学んできなさい」
足場は崩れ、雲が私を見下ろす。
あぁ、片翼も地位も。居場所すら、神の一心で奪われた。重力に逆らうように残る片翼を広げても、堕ちていく。空は遠く、海は上がり。肉体と空気が擦れる音が耳をかすめる。
「忌々しい神が」
元々シエルに対する信仰心もなかった。その感情が、いつか謀反を企むと思われたのか。真実は分からない。正直あんな奴がこの世界の神などあってたまるかという、気持ちは常にあったが。この仕打ちはおかしいだろう。
「……精々、あの馬鹿どもと同じように苦しめシエル」
天界が、邪神そして悪魔に狙われたとしても。彼処はもう私の帰る場所ではない。
使えん盲信者共を率いて、完膚なきまでに、堕ちろ。
***
追放から数日。
寂れた教会を住処に暮らしていた私の元に、小さな人の子がやってくるようになった。
「でねー、邪神倒すために聖騎士になるの」
「阿呆だな。神なんぞにその命を使うなど。聖騎士なんて、やめておけ」
「えぇー。でも、聖なる力ないと邪神倒せないんだよ?」
私の膝よりも小さい小娘は家に居場所がないのか、こうして私が住む教会に来ては、呑気に座り話し続ける。最初は、この馴れ馴れしさと煩わしさで何度も追い出していた。しかし、小娘は私の想像よりもしぶとく。何度もここへやってきた。
……私と話していても、つまらないだろうに。まったく、おかしな娘だ。
「それで、今日は何の用だ?」
「用がないと来ちゃダメなの?」
「はぁ。そこら辺で遊んでろ」
教会に射し込む光は忌々しいほどに眩しく、突き落とされたあの頃を思い出させる。けれど、小娘にはこんな影が覆う教会は似合わない。
首根っこを掴み外へ放牧すれば、大地は小娘を歓迎するように草木を揺らした。吹き込む風に乗って、遠くの海の香りが運ばれる。頬を掠める木の葉は天へと舞い、釣られるように顔を上げれば白い光とぶつかった。
「……っ」
「あ、太陽は直接見ちゃダメなんだよ。天使さん気をつけてね」
「それくらい知ってる。おい、ひっつくな。一人で遊べ」
「花冠欲しい。一緒に作ろ」
突き刺さる光に目を細めれば、小娘は早く来いと言わんばかりに服を引っ張り始めた。喚かれても困るからと、日陰に座り花を摘んでは魔法で編み。頭に投げれば、眉間に皺を寄せ始める小娘。
詰んだことによる枯れが気になるのかと、遅延魔法を更にかけてやれば唇を噛み始めた。
「おい、言いたいことがあるならはっきり言え」
「花冠を作る、楽しさがないよ。もっとこう、こうして……」
「時間の無駄だ」
「わかってないなぁ」
小娘は私の足の間に許可なく座り、徐に編み始める。退くに退けなくなり、その頭を肘置きにし手元の花を見れば案の定ぐちゃぐちゃだ。私の冠を見ながら見よう見まねで頑張っているものの、綺麗に完成する時には日が暮れてるだろう。
「……できた!」
「もう満足か?」
「あげる。喜んで」
「無茶を言うな」
骨が折れない程度に小娘の手を抑えて抵抗すれば、半ば強制に私の頭にそれを乗せた。乗せて、満足そうに笑う。あまりにも間抜けな顔に、抜ける肩の力。
片翼という人でもなければ天使でもない私を、小娘は恐れもせず馬鹿にもせず。ただ【構ってくれるから】という理由だけで懐いた、警戒心の欠片もない生き物。この時間も、ここに居たのが私以外であればその人物と過ごしたのだろう。
それくらい小娘にとっては、人種の違いも地位も関係ない。全てが、平等。本来であれば、このような愚行すぐにでも罰を与えたいくらいだが。
「貰っておいてやろう」
「やったー! お揃いだね」
今日くらいは、許してやろう。これは断じて、絆されたわけではない。神も天使も、花は好きだ。綺麗な花があれば摘みたくなるように。綺麗な魂も欲しくなる。
「ほら、暗くなる前にさっさと帰れ」
だから、お前に情が湧く前に。
「夜、お家いたくない」
私の元から離れて欲しい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます