第22話 ただの見送りなのに

「それじゃ、また明日」

「はい。よろしくお願いします」


 結局、あの後も私が用意した本を互いに読んでいたら、閉館ギリギリとなってしまった。できれば話し合いや照らし合わせなどをしたかったのだけれど……さすがにそこは私の入れる領分ではない。


 それにこれは元々、マックスの調べ物だ。私が色々と手伝っていても、判断するのは彼であり、納得できる領域も彼次第なのである。ここまで一緒に調べていたから、最後まで付き合いたい気持ちはあった。けれどそんなことは、所詮できないのだ。


 私はあくまでも司書だから、と思いながら、図書館の外まで見送る。手伝えるのは一週間限定だから、せめてこれくらいはしてあげたかったのだ。


 マックスの背中に向かって手を振っていると、突然、誰かに掴まれた。


「ぐ、グリフィス!?」


 手首を掴まれた先を目で追うと、眉を顰めたグリフィスがいた。見慣れない顔だったが、そんな姿も様になるだから、さすがだと思った。


 いやいや、見惚れている場合じゃない!


「ここで何をしているのですか?」

「えっと、見送りに……」

「利用者を見送ることが、新しい仕事なのですか?」

「違う、けど……」


 返答すればするほど、グリフィスが不機嫌になっているような感じがした。手首を掴まれたまま、というのも怖い。


「それならば、なぜ外に? 誰にも言われなかったのですか? そうする必要があるのかと」

「……気分転換にはいいんじゃないかって」

「誰がです? そんなことをアゼリアに言ったのは」

「……ヘルガ」


 ごめん! 今のグリフィスに嘘はつけないの。


 私は目を逸らしながら、心の中で謝った。結局、後々追及されるのならば、さっさと白状してしまった方が得策である。


「それを鵜呑みにして、のこのこと外に出たのですか?」

「ごめんなさい」


 ため息が聞こえ、ますます気まずい雰囲気になった。しかし、それは私だけだったのか。突然、グリフィスが距離を詰めてきた。

 反射的に後ろへ下がろうとするも、手を取られているため、簡単にはいかない。逆にその反動でさらに距離が縮まってしまった。


「ぐ、グリフィス!?」

「抱きしめてもいいですか?」

「えっ!?」


 私たち、そんな雰囲気じゃなかったでしょう? それにここ、図書館の前! 公衆の面前!


「ダメに決まっているでしょう!」


 そう答えたところで、私たちの距離はすでに近く。周りからすれば、抱き合っているように見えるかもしれない。だけど、私は悪あがきのように抵抗した。


「せめて場所を考えて」

「では、家ならいいと?」

「っ! そういう意味じゃないけど……」


 そういう意味でもある。どっちなんだとツッコまれそうだ。いや、それよりも……。


「突然、どうしたの? こんなのグリフィスらしくないわ」

「私、らしくない、ですか」

「そうよ。普段のグリフィスはクールで、世話焼きで。たまにそこが暴走しがちだけど、今のこれは、それとも違う。私がグリフィスを怒らせたのは分かるけど――……」

「怒ってはいません。ただ……」


 グリフィスが私の手を離し、代わりにその手を背中に回した。抱きしめていいなんて言っていないのに、と顔を上げた途端、肩にグリフィスの頭が下りてきた。

 そしてボソッと呟く。


「寂しいと思っただけです」

「……私はどこにも行かないよ。どこにも行けないし。だからグリフィスが心配する必要はないんだよ」

「狙われている自覚、あるんですか?」

「それは……」


 今更のように思い出した。相談所の憂鬱に、マックスの調べ物。一度に色々なことが起きていたため、グリフィスに指摘されるまで、すっかり忘れていたのだ。

 私は誤魔化すように、話題を変えた。


「えーと、そう! グリフィスが寂しいっていうから、ビックリして忘れてしまったわ」

「忘れないでください」

「ごめんなさい。でも、そんなことをいうと、なんだかウサギみたいね」

「っ!」


 意表を突いたつもりはなかったのだが、突然グリフィスが顔を上げ、さらに私から距離を取った。


「グリフィス?」

「いえ、なんでもありません」

「そうは見えないけど」

「では、お聞きしますが、どうして……ウサギだと思ったんですか?」

「ちょうど今、ウサギについて調べていたから、かな」


 自惚れではないけれど、ウサギが後を追ってくるのは、飼い主のことが好きだから、というのを本で読んだばかりだったからだ。


 ウサギは元々警戒心が強いから、安易に近づこうとはしない。逆に近づいて来るのは、好意や信頼の印だという。あとは、安心できるように匂いつけをしてくる、とか。寂しいというのは、信憑性に欠けるものだけど、未だに迷信として囁かれている。


 これらをグリフィスに当て嵌めてみると、意外と一致していることが多かった。お陰で調べ物として読んでいたはずが、まったく別の目的にすり替わってしまい、マックスに申し訳ない気持ちでいっぱいになっていたのだ。


 だから見送りまでしたのに……なんでこんなことになるんだろう。


「確か、先ほどの人物の調べ物を手伝っている、といっていましたよね」

「えぇ、そうだけど」


 私が返事をした途端、グリフィスが横を向き、遠くを見据えていた。その方角は、マックスが去っていた道。すでにマックスの姿はないため、いくら見ていても彼を捉えることはできない。


 それなのにどうして……あっ、ウサギは目が悪い、というから、やっぱり違うのかしら。でも、耳はいいというし。まさか、この距離から音を聞こうとして……ってグリフィスはウサギじゃないでしょう。


 似ているところが多過ぎて、グリフィス=ウサギだと錯覚してしまっていたらしい。こんなバカな考えが、これ以上増えないように、私は話題を変えることにした。そう、辺りを見たことで気づいたのだ。


「グリフィス、そろそろ帰りましょう。荷物取って来るから、ちょっと待っててね」

「っ! そうですね。もう遅いですから」


 空はいつの間にか、群青色へと変わっていた。時期に一番星も見えてくるだろう。そんな夜空をグリフィスと歩くのもいいけれど、早く帰ってのんびりしたい。温かい部屋で、好きな人と一緒に。

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