第2話
”赤い宣告”から、三年が過ぎた。
八歳になった中村彩葉は、村外れの古びた
土蔵で、母と二人きりで暮らしていた。
村の子供たちが通う寺子屋に行くことは許されず、彩葉が外に出るだけで、大人たちは露骨に顔を
かつて”ひょうきんな彩葉ちゃん”と頭を撫でてくれた魚屋の主人は、彼女の姿を見るなり、まだ使える魚を”汚れた”と言ってゴミ捨て場に放り込んだ。
『ねえ、お母さん。今の見た? おじさん、手品みたいに魚を消しちゃったよ!』
彩葉は、精一杯の明るい声で笑ってみせた。
母の背中が、びくりと震える。
母はもう、数ヶ月も彩葉の目を見ていない。
「……彩葉。お願いだから、静かにして」
彩葉は、知っていた。
自分の胃の奥で、あの時飲み込んだ”赤い星”が、年を追うごとに大きく、重くなっていることを。
時折、夜中に自分の指先が、自分の意志とは無関係にピクピクと痙攣し、鋭い爪が生えてくるような錯覚に襲われる。そのたびに彩葉は、自分の手をぎゅっと握りしめて眠った。
(私は、中村彩葉だ。面白いことを言って、みんなを笑わせる彩葉なんだ。狼になんて、ならない)
村人との細い糸を繋ぎ止めるため、
彩葉は”ひょうきんな自分”を必死に演じ続けた。
ある日、村の広場に子供たちが集まっているのが見えた。
彩葉は、懐に隠していた蜜柑の皮を口に挟み、牙のように見せて駆け寄った。
『わあ! 食べちゃうぞー! なんてね、嘘だよ! びっくりした?』
彩葉なりの、必死の歩み寄りだった。
しかし、子供たちの反応は絶叫だった。
「ひ!人狼だ! 彩葉が化けたぞ!」
「石を投げろ! 近寄るな!」
雨のように降ってくる石。その中の一つが、彩葉の額を割った。
赤い血が流れ落ち、土を汚す。
それを見た村人たちが、さらに真っ青になって叫ぶ。
「血だ! 狼の血だ!
彩葉は、額を押さえながら立ち尽くした。
蜜柑の皮は地面に落ち、泥にまみれている。
誰も笑っていない。
自分が面白いことを言えば言うほど、行動すればするほど、村人の顔からは生気が失われ、
代わりにドス黒い殺意が宿っていく。
『……ごめんね。冗談だよ。ただの、冗談だったのに』
彩葉は一人、血を流しながら笑った。
その笑い声は、もう自分でも驚くほど、獣の遠吠えに似始めていた。
十歳の誕生日まで、あと二年。
彼女の”心”が耐えうる限界よりも先に、
運命の時計の針は残酷に進んでいく。
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