勇者8人が古城に集められ、デスゲームをさせられた件。裏切り者がいて、密室の古城で勇者たちは疑い、殺し合いになる。生き残るのはたった一人

おーちゃん

第1話

第1話 地獄の招待状



「以上で、ルール説明を終了します。ご質問は?」


 冷徹な、あまりに無機質な声が石造りの広間に響いた。黒いタイトなスーツに身を包んだ女、シズクは、銀縁の眼鏡の奥で冷ややかな瞳をしている。彼女の足元には、古びた石畳に刻まれた巨大な魔法陣が鈍く発光していた。

 ここは断絶の古城。周囲を底なしの谷と、魔力が荒れ狂う原生林に囲まれた、王国最大の監獄にして処刑場だ。そのシズクからゲームの説明をされたところだった。


「質問、だと? ふざけるなよ、このアマッ!」


 最初に声を荒らげたのは、巨漢の狂戦士、ゼウス・ヴォルグだった。全身を鎖で縛られ、首筋には罪状を示す刺青が刻まれている。彼は胸元をはだけ、そこに刻まれた黒い手形の紋章、死印(スタンプ)を怪しく睨みつけた。


「魔王討伐隊は全滅したんだ! 俺たちは、死に物狂いで戦って、唯一生き残ったんだぞ! なのになぜ、こんなゴミ溜めに閉じ込められて殺し合いをさせられなきゃならねえんだ!」


 シズクは表情一つ変えず、手元の魔導手帳にペンを走らせる。


「ゼウス様。陛下は仰いました。8人も生き残るはずがないと。魔王城の結界を突破し、最深部まで到達した討伐隊が、あなた方8人を残して霧のように消えた。極めて不自然です。この中に、魔王と内通し、仲間を背後から刺した、裏切り者がいる。そう判断するのは、統治者として至極真っ当な結論かと」


「真っ当だと? 笑わせるな! 俺たちは仲間を失ったんだぞ!」


 そう叫んだのは、没落貴族の弓術士、エドワードだった。華やかな貴族服はボロボロになり、その端正な顔は恐怖と怒りで歪んでいる。


「そうだ。僕たちは英雄として凱旋するはずだったんだ。それをこんな、賭け事の対象にするなんて。見ろ、あの壁の向こうを」


 エドワードが指差す先、広間の上層にある観覧席には、分厚い魔導ガラスの向こう側に着飾った貴族たちの姿があった。彼らはワイングラスを片手に、まるで闘犬でも眺めるような笑みを浮かべてこちらを見下ろしている。


「あの方々はスポンサーです」


 シズクは淡々と告げた。スポンサーと。勇者達は不快な顔をする。まるで自分達が実験でもされている気分になったからだ。


「この救国ゲームの開催費用、およびあなた方への懸賞金は、彼らの寄付によって賄われています。どうか、期待に沿うパフォーマンスを見せてください」


「パフォーマンスだと?」


 記憶喪失の剣士、カナタが低く呟いた。彼は自分の右手に目を落とす。そこには握り慣れたはずの剣の感触ではなく、ただただ冷たい、呪いの印があるだけだ。


「僕たちは、ここで殺し合うしかないのか。誰が裏切り者かも分からないまま」


「その通りです、カナタ様」


 シズクが眼鏡を指先で押し上げた。


「ルールは簡単。胸の死印を見てください。現在は全員、黒。ですが、誰かが死ぬたびに色が変化します。死んだ者が白に変われば、それは裏切り者が死んだ証拠。ゲーム終了です。しかし、死んだ者が赤に変われば、それは無実の者を殺したという証。裏切り者がまだ残っているとなりますので、死ぬまで、この城の門が開くことはありません」


「あはは! 面白そう!」


 無邪気な、場違いな笑い声が響いた。10歳ほどの少女、ルルだ。彼女は血のついたぬいぐるみを抱きしめながら、スキップをして輪の中心に躍り出た。


「ねえ、シズクお姉ちゃん! 誰を殺してもいいの? ルルのお友達も、お腹空いてるんだって」


「ええ、ルル様。手段は問いません。毒殺、暗殺、正面突破。お好きなように」


「ヒッ!」


 エドワードが数歩後ずさる。


「ルル、君、何を言っているんだ。僕たちは仲間だろう?」


「なかま? でも、この中に嘘つきさんがいるんでしょ?」


 ルルは小首を傾げた。


「嘘つきさんは、殺してもいいんだよ。ママが言ってたもん」


「くくく。聖女様はどう思う? あんたの神様は、この状況を許してくれるのかね?」


 中性的な容姿の男、ヴェノムが口元を隠すマスクの下から歪んだ声を漏らした。視線の先には、静かに祈りを捧げる聖女クラリスがいる。彼女は目を閉じたまま、震える声で答えた。


「世界は、汚れすぎてしまいました。勇者という名に溺れ、欲にまみれた私たちを、神様がお掃除しようとしているのですわ。もし、この中に裏切り者がいるのなら、それは等しく全員の罪」


「ケッ、相変わらず気色悪い理屈だぜ」


 大きな肉の塊を無作法にむしゃむしゃと食べつつ、重騎士バク・モグリンが割って入った。彼はこの中で一番の大食いである。


「俺は、裏切り者が誰だろうと構わねえ。ただ、腹が減るのが一番困る。シズクさんよ、食事の心配はしなくていいんだろうな?」


「もちろんです、バク様。城内の食堂には、常に最高級の食材を用意しております。もっとも、それがいつまで安全に食べられるかは保証致しかねますが」


「毒か。嫌な冗談を言う」


 杖をついた老人、ガンドルフが深いため息をついた。


「100年以上生きてきたが、まさか最後がこんな見世物小屋とはな。カナタよ、お主はどう思う? 何か思い出せぬのか? あの戦場でのことを」


 カナタは苦悩に表情を歪め、自身の頭を押さえた。


「分からない。思い出せないんだ。気がついたら、討伐隊の皆が倒れていて、魔王の笑い声だけが聞こえて。気がついたら、この死印を刻まれていた」


「記憶喪失、ねえ。一番怪しい言い訳だ」


 ヴェノムが指先で細い糸を弄ぶ。


「案外、自分が裏切り者だってことを忘れているだけじゃないのか?」


「なんだと!?」


 一触即発の空気が広間に満ちる。その時、シズクがパチンと指を鳴らした。


「さて、私からの説明は以上です。タイムリミットを忘れないでください。その死印は、24時間ごとに1センチ、心臓に向かって侵食していきます。心臓に到達すれば、死。つまり、裏切り者を見つけるか、全員死ぬか。二つに一つです」


「待て! シズク! まだ話は――」


 ゼウスが掴みかかろうとするが、シズクの姿は霧のように消え、広間の入り口である巨大な鉄門が重低音を立てて閉ざされた。


「閉じ込められた、な」


 ガンドルフが呟く。静寂が訪れた。しかし、それは安らかな沈黙ではない。お互いの呼吸音さえもが敵の気配に聞こえる、最悪の疑心暗鬼の始まりだった。


 古城の中は、まるで時が止まったかのように静まり返っていた。中央広場を囲むように、地下室、食堂、個室、そして不気味に水を湛えた泉がある中庭。8人の勇者たちは、誰からともなく距離を置き始めた。


「まずは、各自の部屋を確認した方が良さそうだな」


 カナタが提案したが、それに応える者はいない。


「お前らと一緒に行動できるかよ」


 ゼウスが吐き捨て、一人で地下室へと続く階段を降りていった。


「私も、お祈りの時間ですから」


 クラリスもまた、無表情に去っていく。一人、また一人と姿を消し、広場にはカナタとエドワードだけが残された。エドワードはガタガタと震えながら、自身の弓を握りしめている。


「カナタ。君は、僕を信じるよね? 僕には借金があるけど、裏切るなんてそんな、そんな勇気、ないよ」


「ああ。今は誰も信じられないけど、殺し合う必要なんてないはずだ。何か別の出口を探そう」


 カナタの言葉に、エドワードは少しだけ安心したように頷いた。

 だが、その時。


「キャアアアアアアアアアアアアア!」


 城内に、ルルの無邪気な、しかし裂けるような叫び声が響き渡った。


「ルルの部屋!?」


 カナタとエドワードは顔を見合わせ、声のした2階へと駆け上がる。ルルの個室の扉は開け放たれていた。中には、転んだ拍子にぬいぐるみを落とし、尻餅をついているルルの姿があった。


「どうした、ルル! 何があった!」


「あ、カナタ。見て、これ」


 ルルが指差した先――部屋の壁には、べったりと、まだ新しい血で文字が書かれていた。


『この中に、一人、もう死んでいる者がいる』


「なんだ、これは」


 エドワードの顔から血の気が引いていく。


「ダイイングメッセージ? いや、でも、まだ誰も死んでいないはずだ」


 カナタが壁の文字に触れようとした瞬間、背後から低い笑い声が聞こえた。


「くくく。始まったな」


 ヴェノムが天井のはりにぶら下がり、こちらを見下ろしていた。


「おい、カナタ。お前の胸の死印を見てみろよ」


 カナタは咄嗟に胸元を確認した。

 黒。まだ黒だ。だが、隣にいたエドワードが悲鳴を上げた。


「ひ、ひぃっ! あ、あああああ!」


 エドワードの胸の死印。それは、ほんの僅かだが、赤く染まり始めていた。


「な!? なぜだ、エドワード。君はまだ誰も殺していないし、死んでもいない!」


「わ、分からない! 痛い…、痛いんだ! 心臓が、焼けるように!」


「それは疑惑の代償です」


 いつの間にか、廊下の角にシズクが立っていた。彼女は手帳をめくりながら、冷たく告知する。


「死印は、持ち主の精神状態にも反応します。誰かを強く疑い、あるいは誰かに強く疑われ、心の均衡を失った時。印は変色を早める。エドワード様、あなたは今、この中にいる誰かを死ぬほど恐れている。その恐怖が、あなたを死へ導いているのですよ」


「そんな嘘だ! 助けてくれ、カナタ! 助けて」


 エドワードは狂ったように廊下を走り出した。


「嫌だ! 死にたくない! 僕は、僕はまだ、実家を」


「待て、エドワード!」


 カナタが追おうとするが、その行く手をゼウスがさえぎり、止めた。地下室から戻ってきたゼウスの目には、明らかな殺意が宿っていた。


「おい、聞いたか? あのヘタレの印が赤くなったってよ。シズクのアマは適当なことを言ってるが、俺には分かるぜ。赤くなるってことは、あいつが無実の誰かを殺す準備ができたってことだ」


「何を言っているんだ、ゼウス落ち着け」


「落ち着いてられるかよ。あいつ、さっき地下室で俺の背後に矢を放とうとしてやがった。俺は、やられる前にやる主義なんだ」


 ゼウスの腕に巻かれた鎖が、魔力を帯びて赤黒く光り出す。


「よせ、ゼウス。やめるんだ。仲間だろ。魔王討伐しに行った仲間だろう、殺す必要はない」


 カナタの制止もむなしく、ゼウスは壁を蹴ってエドワードの後を追った。古城の静けさは、ついに狩りの声によって破られた。

 観覧席の向こう側で、貴族たちが一斉に立ち上がり、拍手を送る音が聞こえる。魔法の目が、その様子を克明に記録し、王国中に配信していた。これは、英雄たちの物語ではない。英雄だった者たちが、獣へと堕ちていく記録だ。


「第1フェーズ、開始です」


 シズクの呟きは、誰の耳にも届かずに消えた。カナタは拳を握りしめ、自分自身の胸に刻まれた黒い印を見つめた。そこには、自分でも気づかないほどの小さな赤い点が、静かに滲み始めていた。


【生存者:8人】

* ゼウス(狂戦士、犯罪者)

* ガンドルフ(賢者、老人)

* バク(重騎士、大食い)

* ルル(召喚士、子供)

* クラリス(聖女)

* ヴェノム(暗殺者)

* エドワード(弓術士)

* カナタ(剣士、記憶喪失)

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