追放ものの皮を被った、全く別の話。
普通の追放ものは「追放→覚醒→復讐→ざまぁ」で気持ちよくなる装置として設計される。この作品はその回路を全部潰しにかかっている。追放されて怒りが湧く、復讐を考える、でもその感情が「昨日の夕飯の記憶のごとく霧散する」。洗脳魔法だと気づく。つまり怒ることすら許されない。ここで読者の快感回路が完全に断たれる。
母の死の報告のされ方が残酷。ギルド嬢が事務処理の延長として「葬式中でしたので。親孝行云々はもう必要ありません」と告げる。しかもその直後に「これではあなたに対する拘束力が減ってしまいますね」と続く。人の死が、管理上の「拘束力」の変数でしかない。この温度のなさが、国家という装置の非人間性を一撃で描いている。
オレンジジュースの使い方が上手い。最初の宿屋で頼んだオレンジジュースは氷が全部溶けて溢れている。考え込んでいる間に薄まって、もう元には戻らない。これがインツェルの人生そのもの。そしてヴァイザーが出す「氷の配分が完璧なオレンジジュース」で、初めて味方に出会えたことが伝わる。
ヴァイザーとの会話の温度が良い。「あっしの家にきやせんか」の気まずさ、インツェルの「やったあ!」の素直さ。追い詰められた人間が初めて差し伸べられた手に飛びつく切実さと、それを受け止める側のぎこちなさ。この距離感が人間くさい。
1話の時点で「穏やかに暮らしたい」が単なる願望ではなく、国家と個人の自由の対立構造になっている。スローライフものに見せかけて、根っこは政治劇。この仕掛けは連載が進むほど効いてくるはず。続きが気になります。