episode 12 逃走
砂煙が上がっている場所に到着した鷹取の目に入ってきた光景は、まさに地獄絵図だった。
我辟邏メンバー達が瓦礫に埋もれていた。
その顔には、得体の知れない“モノ”に遭遇してしまったかのような、引き攣った表情が張り付いている。
「一体、何が起きたってんだ……」
愕然とした様子の鷹取の足元に、石が転がり込んできた。
「…っ!」
ふと見上げた先には、100kgはある貴一の巨体が、三階建ての建物の屋根に引っかかっているのが見えた。
「――!」
白目を剥いたまま手足が力無く垂れ下がっている光景を見た鷹取は、息を呑んだまま声が出なかった。
その時、奥から要の叫び声が聞こえた。
鷹取は、地面に落ちていた鉄パイプを手に取ると、恐る恐る奥へと進んで行った。
そこには、血に塗れた顔で司と対峙する要の姿があった。
小刻みに震える手には、歪に折れ曲がった金属バットが握られている。
その近くには、2tはあるであろうクレーン車が、複数のバイクを下敷きにして横転していた。
(あの要が追い詰められているだと!?)
常勝不敗、百戦錬磨の要が、歯を鳴らし、震える手で折れ曲がった金属バットを構えている。
その姿に、鷹取は言葉を失った。
要の前には司の姿があった。
こちらに背中を向けていて顔は見えなかったが、言葉に出来ない異様な雰囲気を醸し出している。
残った三人のメンバー達が、必死の形相で司に掴み掛かった。
「要さん! 今のうちに!」
仲間の悲痛な叫び声に我に返った要は、金属バットを捨てて逃げ去った。
要の姿が消えた後、司は乱暴にしがみ付く三人を振り払う。
一人は地面に激しく叩きつけられ、もう一人はスクラップの山に深く突き刺さるように吹き飛ばされ、最後の一人は空中高く放り上げられた。
鷹取の目の前に、放り上げられたメンバーが鈍い音と共に落ちてくる。
短い悲鳴が漏れた瞬間、司が鷹取の方を振り向いた。
月明かりに照らされた姿は幻想的であると同時に、立っていられないほどの恐怖を感じさせた。
鷹取の心臓が激しく打ち鳴らされる。
本能が逃げろと警告を発しているのに、身体が動かない。
「…他言、無用」
鷹取を見た司はそれだけ告げると、静かにその場を去って行った。
「は…。はは…」
鉄パイプを落とした鷹取は、力無くその場に崩れ落ちた。
「…やべぇ。ちょっと漏れちまった…」
乾いた笑いを上げながら、なんとも言えない表情で司がいた場所を見つめていた。
※
「クソっ! 何でこんな事に…」
裏路地に逃げ込んだ要は、何度も後ろを振り返った。
追ってくる気配はない。
息も絶え絶えな身体をコンクリートの壁に預けながら、要は司の姿を思い浮かべた。
鍛えているような身体ではない。
どこにでもいるような普通の高校生に…見えた。
土気色の顔をして怯えている。
そう思っていた。
なのに。
「次はこうはいかない。もっと動員を掛けてリベンジだ! 我辟邏は、無敵だ!」
勢いよく壁を殴ると、頭上から生温かい液体が滴り落ちてきた。
頬を伝ったそれを指で拭い、要はゆっくりと顔を上げる。
その瞬間、要は息を呑んだ。
※
その後、通報を受けた警官が現地に到着すると、そこには異様な光景が広がっていた。
横転したクレーン車。
瓦礫に埋もれた我辟邏のメンバー達。
スクラップに突き刺さるように倒れた者。
そして、三階建ての建物の屋根に引っかかったまま意識を失っている貴一。
現場の状況は、通常の乱闘とは到底思えないものだった。
しかし、心配する玲奈の元に何食わぬ顔で戻ってきた司の証言によると、我辟邏達にいきなり襲われ、その隙を突いて逃げてきたという。
また、現場に残されていたメンバー達に事情を聞こうとしても、恐怖で叫び声を上げるばかりで、まともな証言は得られなかった。
結果として、事件の全容は不明のまま、我辟邏内部、あるいは何者かとの間で大規模な抗争が発生したものとして処理されることになった。
奇跡的に生き残ったメンバー達も、その後は司の名を聞くだけで錯乱し、事件について語る者はいなかった。
そして、リーダーである小柳要は、現在も行方がわかっていない。
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