なんとしても卵を食いたい!

 みんな、1日に何個卵を食べているんだろう。


 個人的なイメージだが、1日1個っていう人が多いんじゃないだろうか。私もそのひとり。毎朝1個、卵を食べて生きている。2個以上食べる日もなければ、1個も食べない日もない。多くても1個。少なくても1個。

 べつにそれほど好物というわけじゃないが、リッチな栄養分を考えると、ぜひとも毎日いただきたい。一方で、子供のころ、親父が人間ドックで毎年高コレステロールを指摘されて、「卵は1日1個にしときなさい」って言われた話を聞いていたからか、なんとなく、卵は1日1個しか食べちゃいけないもののように思っている。べつに高コレステロールでもないのに。


 1日1個となると、たいてい10個入りパックで買うので、ひとり暮らしだと食べ切るのに10日かかることになる。だとしても、普段なら、せいぜい買い物のタイミングによって賞味期限ギリギリになることがあるくらいで、それほど困ることはない。


 これが長旅の前となると、事情が大きく変わってくる。旅立ちまでになんとかして食べ切る必要に迫られるわけだ。でも当然、10個入りパックをちょうどその日に食べ切りました、なんてうまいこといくわけはない。そんなの奇跡以外のなにものでもない。

 もしそんなことがあったら、旅の運を全部使い切って、春なのになぜか台風が来て桜が全部散るとか、どこかの角に足の小指をぶつけるとか、肝心の旅でロクなことがないだろう。どうしたって端数が出る。


 そんなときは、ちょっと割高だが、6個入りとか4個入りのパックでアジャストを試みる。それでも、かなりの確率で端数は出るだろう。あとは、

 ・足りない分を食べずに我慢する

 ・足りない分をコンビニのゆで卵でまかなう

 ・余った分を旅に持っていく

 あたりを検討することになる。


 コンビニのゆで卵はとっても便利だが、最近はだいぶ高くなった。しかも、旅に出るとかなりの頻度でお世話になり続ける。家にいる間まで頼りたくはない。「余らせて持っていく」プランは、キッチンを使えるゲストハウスにすぐ泊まるスケジュールならときどきやる。あとは我慢か。我慢……すれば済むんだけど……。


 で、今回。惜しくも旅前日で食べ切っちゃうタイミングだ。

 1個。

 1個、足りない。


 1個足りないって、最も「食べずに我慢」プランを突き付けられるパターンじゃん。でも何とか食べたいな……なんかいい方法ないかな……コンビニか?……高いなあ……1日くらい我慢すべきか……でも食べたいなあ……。


 こんなサイクルを何周か回ったところで、ふと思いついた。

 昼飯で食べればいいんじゃないか?

 初日の移動のタイミングだと、高速バスの車内で済ますことになる。甲府で何か卵が入ったものを探そう。それが何かいまいちイメージできないが、何かあるだろう。


 そんな、一体旅と何の関係があるんだ?っていうことを考えながら迎えた、旅初日。

 あれだけ出したかったゴミを出せないというディープインパクトに打ちひしがれながら家を出て、100円のバスに乗り、電車に乗りかえて甲府駅に着いた。


 時間はまだ10時前。この時間に開いている食料仕入れスポットは、コンビニと駅ビルの店くらいだ。このどちらかで、卵が入った昼飯を入手するというミッションをこなさなきゃならない。

 そういえば、駅ビルの店のほうで、温泉卵か何かが乗った丼ものを売っていたような気がする。この店は、比較的安い弁当を置いているので、ときどきお世話になっているのだ。まずこっちの店に行ってみよう。


 行ってみると、果たして、愛しの温泉卵が乗った丼ものが並んでいる。円筒形の器に収まった具たちの上で、栄養の塊みたいな黄色輝く温泉卵が、座椅子に身を預けてウトウトしている日曜昼下がりの中年サラリーマンのように、脱力しきってくつろいでいらっしゃる。迷わず手に取ってレジへ……といきたいところだが、手が出ない。

 「卵が入った昼飯」という要件は十分満たしているんだから決めちゃえばいいのだが、なんというか、その、高いのだ。そんなべらぼうに高いわけじゃないが、絶妙に高い。まだちょっと時間があるので、コンビニも見てみるか。


 バスターミナルに面したコンビニに移動して、弁当コーナーを見渡す。いろいろな弁当やら丼やら並んでいるが、近頃はコンビニ弁当も高いし、そもそも卵系のものが見当たらない。しばらく棚を目でスキャンしていると、下のほうの片隅に、黄色で満たされた四角い入れ物を見つけた。親子丼だ。


 値段を見てみると、コンビニにしては比較的安い。こいつは「お前にふさわしいのはこの親子丼だ」っていう神の啓示か? ただ、入れ物が小さい。これだけで昼飯を済ますには、もの足りないこと請け合いだ。

 それに、この期に及んで、この親子丼にはいったい何個分の卵が入っているんだろう?なんて疑問が浮かんでしまった。この親子丼一杯で、今日も卵を食べられたんだ、と自分に言い聞かせることができるのか? こんなんで今日卵を食べたことにしていいのか??


 一旦、弁当棚の前からちょっと隅に移動して、腕を組んで考える。

 さっきの弁当屋の丼ものは、卵1個分は保証されているし、ボリューム的にも満足だが、高い。片や、コンビニのこの親子丼はお手頃価格だが、卵的にもボリューム的にももの足りない。さあどうする。

 その時、あることに気がついた。

 ――今日、おはぎ買うじゃん。


 そう、今日はお彼岸。これからお彼岸の墓参りに行こうとしているのだ。お彼岸の墓参りのときは、いつも途中で仏前に供えるおはぎを買っていく。供えた後、その場でいただくのだが、もち米だし、あんこたっぷりだし、あれはけっこうボリュームがある。だったら弁当は軽めでもいいんじゃないか?


 そんな、「それか?」というようなファクターが決め手になって、今日の昼飯問題、ならびに今日の卵問題、決着。棚の親子丼を手に取って、レジを済ませ、発車時間の近づいた高速バスへ向かった。

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