第9話 声

 十九時になった。


 記者会見が始まる。


 僕は小会議室のモニター越しに、会場の様子を見ていた。


 会場は四階議会用大会議室。中央に門倉市長、右に一条議員、左に総務部長と健康福祉部長だ。


 一条議員の前にあるネームプレートは『特殊事態関係省庁連絡会議 特命担当』となっている。


 議員の横には桃と『北葛のおいしい麦茶』のペットボトルが目立つ位置に置かれていた。


「定刻となりました。北葛市特殊事態対策本部の記者会見を開始します。本日はライブ配信を行っています。録音・録画は各社の責任でお願いします」


 広報課長の声をもって、記者会見が始まった。


 コメント欄も盛況だ。


『桃!?』

『また桃ネタかw』

『何の宣伝だよ』

『記者会見で桃!?』

『異世界キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!』

『ダンジョンまだ?』

『北葛のおいしい麦茶は伏線か』


 視聴者のツッコミと興奮で、画面は文字で埋め尽くされる。


「本日はお集まりいただき、ありがとうございます。北葛市長の門倉です。

 本日、市内において確認された、いわゆる『門』と呼称している未確認構造物について、現時点で把握している事実と、市としての対応方針をご説明いたします。


 本日午後、市内大森総合運動公園内に、高さ約五メートル、幅約一・二メートル程度の枠状構造物が突如出現いたしました。


 周辺に工事や設置の痕跡はなく、発生原因は現在のところ不明です。


 本件を受け、本市は特殊事態対策本部を設置し、現場周辺を立入規制区域として封鎖いたしました。


 現在、警察と連携のうえ、周辺の安全確保にあたっております。


 なお、発生直後に当該構造物内部へ侵入した市民が二名おり、内一名が負傷しました。


 現在は医療機関にて隔離観察を行っておりますが、疫学的・感染症学的な観点から、現時点で異常は確認されておりません。


 本市は、本件が市単独で対処すべき事案の範囲を超える可能性があると判断し、県を通じて国に対し、自衛隊を含む専門機関による調査支援を正式に要請いたしました。


 すでに国においては関係省庁による情報集約が開始されており、今後、科学的・医学的・工学的観点からの調査が順次実施される予定です。


 市民の皆様に申し上げます。


 現時点では、市民の皆様の日常生活に直ちに影響が及ぶことはありません。


 しかしながら、原因不明の事象である以上、慎重かつ万全の対応を取ってまいります。


 また、本市が入手した構造物内部の映像を、本日この場で公開いたします。


 映像をご覧いただき、事実に基づいた情報を共有してください。


 憶測や不確かな情報が拡散することのないよう、公式発表をご確認いただきますようお願いいたします。


 以上が現時点での報告です」


 市長の説明が終わると、ライブ配信のコメント欄が一気に荒れ始めた。


『え、門って本当にあるの!?』

『これ異世界案件じゃんw』

『市長の説明長いw』

『桃は関係あるの?』

『麦茶も宣伝してる!?』

『このコメント欄ヤバすぎw』

『負傷者1名!? 怖すぎる』

『自衛隊来るの!? 本格的すぎる』

『動画はよ動画はよ』

『内部映像って何が見えるんだろ』

『門の中に人がいるのか!?』

『市長の説明、丁寧すぎて逆に怪しいw』

『科学的調査ってどこの機関がやるんだ』


 視聴者の興奮と好奇心が入り混じり、コメントは文字の洪水となる。


 画面右上には、「コメント数:3,872」とカウントが跳ね上がっている。


「続きまして連絡会議 特命担当 一条議員お願いします」


 一条議員は静かに立ち上がり、マイクを手に取った。


 腕に巻かれた、僕が作った紺地に白字の腕章が、ライトに反射してかすかに光る。


 あれは僕が作ったものだ。


 その事実が、なぜか妙に胸に刺さった。


「ご紹介にあずかりました、一条でございます。


 本件につきましては、本日、内閣官房危機管理監を中心とした『特殊事態関係省庁連絡会議』が発足いたしました。関係省庁間での情報集約および分析を開始しております。


 私は本日当地を訪れていたため、現地との情報連携を担う立場として構成員に加わりました。


 今後、市および県と緊密に連携し、政府側との調整を行ってまいります。


 本件は現時点において、原因・性質ともに未解明です。


 あらゆる可能性を排除せず、科学的・医学的観点から慎重に検証を進めている段階です。


 県からの要請を受け、自衛隊の先行調査要員が順次到着しております。


 今回の派遣は武力行使を前提としたものではなく、周辺環境の安全確認および構造物の非破壊調査、内部状況の把握を目的とした初動対応であります。


 現在のところ、市民の皆様の安全に直ちに重大な影響が及ぶ状況にはないと報告を受けておりますが、状況は流動的です。政府としても、必要があればさらなる体制強化を速やかに検討いたします。


 本日午後の官房長官定例記者会見においても本件について触れられております。引き続き、政府として統一的な情報発信に努めてまいります」


『え、自衛隊がもう来てるの!?』

『特殊事態関係省庁連絡会議って何だw』

『一条議員カッコいいw』

『科学的・医学的・工学的調査とか硬派すぎる』

『これ本当にダンジョン案件じゃん』

『動画だけじゃなくて調査も国家案件とかヤバい』

『特命担当って言葉かっこいいなw』

『桃はまだ置かれてるの?w』

『官房長官も会見するってマジで国家案件じゃん』

『市長より一条議員の説明の方が分かりやすいw』

『先行調査隊とか完全に異世界戦隊だろ』

『コメント欄が盛り上がりすぎて何が現実か分からんw』


 画面右上のコメント数は、いつの間にか4,912に跳ね上がっている。


「続きまして、門の映像を公開いたします。ここで流される映像は、後で公式チャンネルに同様のものをあげる予定です」


 会見場の照明が落とされ、プロジェクターの光がスクリーンを照らす。


 赤褐色の門が映し出された。


 蠢く黒いモヤを見れば、出来のいいCGに見えるだろう。


 続いて携帯のカメラで撮影したと思わしき縦長の映像に置き換わる。


 揺れる映像。


 石畳。


 暗闇。


 荒い呼吸。


 透明な何かが跳ねる。


 次の瞬間、白い毛並みが画面を横切った。


 衝撃。


 映像が傾く。


 地面に崩れた透明体は、ぶわりと黒い霧に変わって消えた。


 どよめきが起こる。


 モニターのこちら側でも、川崎さんと上内さんが思わず身を乗り出すのが見えた。


「続きまして、質疑応答ですが。準備がありますので少々お待ちください」


 この瞬間、全国のニュースサイトのトップは、この映像に塗り替えられているはずだ。


 明日の朝刊は、きっと“門”一色になる。


◇ ◇ ◇


「それでは、これより質疑応答に移ります。


 ご質問のある方は挙手をお願いいたします。こちらから指名いたしますので、指名を受けられましたら、マイクをお受け取りのうえ、所属とお名前を述べてからご質問ください。


 時間の都合もございますので、ご質問は簡潔にお願いいたします。


 また、本日の議題に直接関係のないご質問はお控えくださいますよう、ご協力をお願いいたします」


 一斉に手が上がる。


 広報課長が確認し、頷いた。


「それでは、そちらの方、お願いします」


 前列左側、ノートを片手にした記者が立ち上がる。マイクを受け取り、軽く会釈する。


「北埼新聞の橋下です。本日、北葛市内の小学校で集団下校が行われましたが、今後、市民に対する避難指示や避難勧告を出す予定はありますか」


 会場の空気がわずかに引き締まる。モニター越しのコメント欄も一瞬、速度を落とした。


 市長がゆっくりと頷く。


「ご質問ありがとうございます。


 現時点において、市民の皆様に対する避難指示・避難勧告を発出する予定はございません。


 本日の集団下校は、原因不明の事象が発生した直後であったことから、万が一に備えた予防的措置であります。


 現在、自衛隊による現地の安全確認と周辺警備体制の強化が進んでおります。配置が完了し、安全性が確認され次第、学校運営についても通常体制へ段階的に戻していく方針です」


 視線をカメラへ向ける。


「ただし、本件は未知の事象であることも事実です。万が一に備え、市が策定している緊急時避難経路および避難所情報については、市公式ホームページに掲載しております。改めてご確認いただければと思います。現時点では、冷静な行動をお願い申し上げます」


 市長は深く頭を下げた。


『とりあえず避難なしね』

『集団下校は予防か』

『自衛隊配置って言葉が物騒w』

『HP見ろって言われても今重そう』

『冷静対応助かる』

『未知って言われると逆に怖い』


 広報課長が次の挙手に視線を向ける。


「それでは、そちらの方、お願いします」


 後方中央、テレビカメラの横に立つ記者がマイクを受け取る。


「TVジャパンの槙原です。


 発生直後に内部へ侵入した市民の方についてお伺いします。現在の容体はいかがでしょうか。また、未知の空間との接触ということで、感染症などの懸念はないのでしょうか」


 会場がわずかに静まる。フラッシュが瞬く。


 市長が答える。


「ご質問ありがとうございます。


 まず、個人情報の観点から、氏名や詳細な属性についてはお答えできません。ご理解ください。


 容体につきましては、全治およそ三週間程度と診断されております。負傷は打撲および裂傷であり、現時点で生命に別状はございません」


 記者席に安堵の気配がわずかに広がる。


「感染症等の懸念についてですが、現在、医療機関において隔離観察を行っております。


 あわせて、保健所と情報共有を行い、疫学的観点からの経過観察を継続しております」


 一条が小さく頷く。


「現時点で、感染症や未知の病原体を示唆する兆候は確認されておりません」


 言葉を強める。


「現段階では、過度に不安視する状況にはないと報告を受けております」


『全治三週間か』

『命に別状なしでよかった』

『隔離ってw』

『未知の病原体って言ったぞ今』

『感染なし確定ではないのね』

『保健所出てきた』


 広報課長が視線を右側に向ける。やや若い記者が指名されて立ち上がる。スマートフォンを片手に、少し早口で名乗る。


「ニュースWebイーストの柳田です。


 本日公開された内部映像についてお伺いします。映像の入手経路と、その信憑性について、どのように確認されているのでしょうか」


 会場の空気がわずかに張る。ネット配信のコメントが一瞬、速度を上げる。


 市長が答える。


「公開した映像は、発生直後に当該構造物内部へ立ち入った市民から提供を受けたものです。


 提供後、市として原本データの提出を受け、改変の有無について確認を行いました」


 ここで一条がマイクを引き寄せる。


「政府側でも、専門機関によるデータ解析を実施しております。


 現時点で、映像に加工や合成が行われた痕跡は確認されておりません」


 淡々と続ける。


「メタデータ、圧縮履歴、フレーム単位での不自然な改変の有無についても分析を行いましたが、編集の形跡は見つかっていないとの報告を受けております」


 一拍。


「もっとも、最終的な評価については、引き続き精査を行ってまいります」


『加工なし!?』

『ガチやん』

『メタデータまで見てるのか』

『国家案件すぎる』


 広報課長が一瞬視線を巡らせ、少し間を置いて指名する。やや年配の記者が立ち上がる。メモ帳を閉じ、ゆっくりと口を開く。


「週刊毎朝の浅井です。


 今回、実際に負傷者が出ています。市の管理区域内で発生した事案ということになりますが、管理者責任についてどのようにお考えでしょうか。


 また、初動対応が遅れたという指摘もありますが、その点についてはいかがですか」


 会場の空気がわずかに重くなる。フラッシュが一斉に瞬く。


 市長は表情を崩さない。


「まず、負傷された市民の方に対しましては、心よりお見舞い申し上げます。本件により怪我をされたことについては、大変遺憾に存じます」


 一呼吸。


「発生当初、当該構造物の存在を確認したとの通報を受け、速やかに市職員を現地へ派遣いたしました。


 その後、警察および県と連携し、立入規制措置を講じております」


 視線を少し和らげる。


「また、現場で市職員の指示に従い、周辺の安全確保や通報にご協力いただいた市民の皆様に対しましては、感謝を申し上げます」


 一条は口を挟まず、市長に任せる。


「責任の所在は現在精査中です。原因が不明な段階での断定は控えます」


 声のトーンは落ち着いたままだ。


『責任問題きた』

『週刊系攻めるなぁ』

『市長冷静』

『炎上は回避か』


 広報課長が次の挙手を確認する。後方右側、政治部らしい硬い表情の記者が立ち上がる。


「極東新聞の木村です。


 今回の事案は、いわゆる自然災害とは言えないと思われます。それにもかかわらず自衛隊が出動している点についてお伺いします。


 また、原因が不明な段階で自衛隊を派遣することが、今後の前例として安易な運用につながる懸念はないのでしょうか」


 空気が一段、冷える。カメラが一条を抜く。


 一条はわずかに頷き、マイクを引き寄せる。


「ご質問ありがとうございます。


 まず、本件における自衛隊の活動は、武力行使を前提としたものではありません」


 静かな声で続ける。


「現在行われているのは、重要影響事態に準じる可能性を含めた事前調査および安全確認活動です」


 会場に小さなどよめき。


「原因不明の大規模構造物が突如出現し、内部に未知の環境が確認されている状況において、高度な装備・訓練・即応体制を有する組織は、現実的に自衛隊しか存在しません」


 言葉を区切る。


「警察・消防・自治体職員の安全を確保する観点からも、初動段階での技術的支援は合理的判断であると考えております」


 視線を記者席へ向ける。


「前例となることへの懸念についてですが、本件は極めて特殊な事態です。個別具体的事案ごとに法令に基づき判断するものであり、安易な拡大解釈がなされることはありません」


 最後に淡々と。


「法の枠内で、必要最小限の措置を講じております」


『重要影響事態きた』

『現実的に自衛隊しかいないは強い』

『前例論は大事』

『一条強いな』


 後方で手を挙げていた男性が続いて立ち上がる。


「フリーの佐々木です。壇上の桃とお茶ですが、緊急会見で宣伝のように見えるのはいかがでしょうか」


 一瞬、会場が静まる。コメント欄が流れ始める。


「ご指摘ありがとうございます。


 桃は市民の方からの差し入れです。ライブ配信では置いたままとなっておりました」


 小さな笑い。


「もっとも、現在は警備体制強化などで財政負担も生じております。財政課からは『こういう時こそ宣伝してこい』と言われております」


 控えめな笑いが広がる。


「なお、ふるさと納税の桃は完売とのことです。ご支援に感謝いたします」


 ここで一条がマイクを寄せる。


「……私、本日は表敬訪問の予定で参りましたので」


 わずかに間。


「まだ食べておりません」


 会場に少し大きめの笑い。


「落ち着きましたら、いただきたいと思います」


『財政課w』

『完売してるの草』

『宣伝成功じゃん』

『一条食べてないのかよw』


 広報課長が最後列の手を確認する。カメラを背にした記者が立ち上がる。


「STVの土田です。


 一条議員は一年生議員でありながら、今回“特命担当”という立場にあります。さらに、本日たまたま当地を訪れていたとのことですが、出来すぎではないでしょうか。


 事前に何らかの予兆や情報を把握していた可能性はありませんか」


 会場がわずかにざわつく。コメント欄が一瞬で加速する。カメラが一条を抜く。


 一条は小さく息を吸い、落ち着いた声で答える。


「率直なご質問、ありがとうございます。


 まず申し上げますが、本件について事前に何らかの情報を得ていた事実は一切ございません。


 本日の当地訪問は、当初より予定されていた公務によるものです。偶然が重なった結果、このような立場を担うことになりました」


 一拍置く。


「一年生議員であることは事実ですし、本件は私の専門分野でもありません。


 正直に申し上げて、手探りの部分も多いのが現状です」


 しかし声は安定している。


「だからこそ、専門家の知見を最大限に活用し、関係機関と連携しながら対応しております」


 ここでトーンを少しだけ変える。


「本件は、まず何よりも安全確認が最優先です。


 しかしながら——」


 会場が静まる。


「未知の現象であるということは、裏を返せば、未知の可能性でもあります。


 北葛市が、新たな技術や研究の最前線になる可能性もある。あるいは、異なる文化や価値観と接点を持つ契機になる可能性も、理論上は否定できません。


 もちろん、これは楽観ではありません。あくまで可能性の話です」


 最後に。


「いずれにせよ、国として責任を持って対応してまいります」


『偶然強すぎw』

『一年生でこれは胆力ある』

『未来の話きた』

『陰謀否定きたな』


◇ ◇ ◇


 一条の言葉が終わると、会場は一瞬の静寂に包まれた。


 広報課長が前に出る。


「以上をもちまして、本日の記者会見を終了いたします。


 本日公開した映像および資料は、後ほど北葛市公式チャンネルおよびホームページに掲載いたします。


 追加の問い合わせにつきましては、広報課までお願いいたします。


 本日はありがとうございました」


 登壇者が立ち上がる。フラッシュが最後に一斉に瞬いた。


◇ ◇ ◇


 モニターの画面が切り替わり、配信終了の画面になった。


 川崎さんが小さく息を吐く。上内さんがタブレットから目を上げた。


「終わりましたね」


 誰かがそう言った。


 僕はモニターを見たまま、動けなかった。


 朝、安田から電話が来た。写真を見た。公用車を走らせた。コーンを置いた。庁舎に戻った。会議に出た。塩を祈祷してもらった。腕章を作った。レンタカーを借りた。


 そのすべてが、今日一日の出来事だ。


 まだ、今日が終わっていない。


「佐藤さん」


 川崎さんの声がした。


「お疲れ様でした。今日はよく動いてくれました」


 その一言が、妙に重たく胸に落ちた。


 褒められ慣れていないのか、それとも疲れているのか。


 自分でも、よく分からなかった。


━━ 声 ━━

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