第十一業務:身だしなみチェック
私は随分と久しぶりに、ニードフルシングスの制服のオーバーオールを身につけた。
若いバイトの子にも好評だった中々洒落た代物だ。藍色のデニム生地に、我が社のマスコットであるニードフルくんが憎たらしい笑みと共にサムズアップする姿が刺繍されている。前面に施された幾つものポケットは、ツールベルトを巻く必要がない程に大容量で、釘打ち機だろうが電動ドリルだろうが、何だって入れられる。
一張羅に着替えた後、私は倉庫裏からとあるものを引っ張り出して、頭に被った。
倉庫の端で埃をかぶっていたそれは我が社のマスコットの被り物であり、年末セールの時に毎年使っていたゴムマスクである。外見こそチープ極まりないが、呼吸口はしっかりと確保されており、見た目ほどに息苦しくはない。
着替え終えた私は更衣室の鏡を見据える。
そこにいるのは、くたびれた三十路男ではない。少しオツムをやってしまったホームセンター店長にして、普遍の営業スマイルを浮かべるニードフルくん、そのモノが立っている。
「「いらっしゃいませ、こんにちは。本日はニードフルシングスへお越しいただき誠に有り難うございます。」」
ゴムマスクの裏側で満面の笑みを浮かべて叫んだ。それを被っている間は、自分のクソッタレな来歴も、本名でさえも、忘却の彼方へおしやってしまえた。
私はニードルシングスそのものだ。
ともなれば、やる事はたくさんある。開店セールに向けて、店内を改装する必要がある。最初に取り掛かるべきは、来店時に誰もが通るガーデニングエリアだ。
あそこはトラックによる大胆な入店を防ぐ為に、ある程度の防護を施しているが、徒歩で肉薄されると防ぎ切れるほどに堅牢ではない。なら、最初から侵入される前提の仕掛けが必要だ。
私は塗料売り場から有機溶剤入りの一斗缶を台車に乗せて運び出す。ついでに発電機と電動ポンプ、園芸用スプリンクラー。ビニールホースを一束。そして、短波無線で繋がるインターホン。
あさぼらけが広がる空の下。私は園芸エリアの肥料や農薬、芝刈り機といったものを粗方片付けてしまう。陶器製のノームの置物やキノコを模したテーブル、石膏製のわけわからないオブジェなどはそのままだ。恐らく、それまで片付けてしまうと侵入してきたロキシー達に怪しまれてしまうに違いない。
出来る限り連中をこのフェンスの中へ誘い込ねばならない。
害獣駆除と同じだ。鉄のゲージを開き、中に餌を垂らす。そして、ゲージは閉じ、アライグマはその命を果てるというわけだ。
私は園芸用の置物の間にスプリンクラーを配置していく。そして、ホースは電動ポンプへ。ポンプのタンクの中には、満杯の有機溶剤が詰まっている。ポンプの方は全てガーデニング用の奇妙なオブジェの中に収まっている。発電機の配線も傍目には容易に見破れない。
戦闘の興奮に頭を侵された連中なら、唯ののどかな園芸エリアに過ぎない。
そこが害獣駆除用のケージの中だと気づくのは不可能だ。
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