終末だけどシフト入れる? 〜ゾンビパンデミックでも、地方のホムセンは年中無休!〜
タイガー・ナッツ・ケーキ
FILE XXXX:28年後…
第XXXX業務:ようこそ、ニードフル・シングスへ!
【XXXX日後】
我がホームセンターの業務は、清掃から始まる。
手始めにガーデニングエリアだ。此処はホームセンターの正面入り口前に位置する売り場で、お客さんを最初に出迎える見栄えが最も重要な箇所である。肥料を乗せた台車が往来し、花卉農家の方々が届けてくれる球根入りのネットや苗株がその日の朝に陳列される。
ノームや天使の彫像。花々の色彩に溢れ、土と花の芳香が漂う素晴らしい場所だった。
無論、今は違う。
ガーデニングエリアは物々しい銑鉄のフェンスに囲まれ、有刺鉄線と車両留めが張り巡らされている。肥料や花、彫像の面影は消え、フェンスの向こうには、血走った瞳の群衆が屯している。
彼らは愛すべき御客様などではない。
発症者だ。
悪質なクレーマーや万引犯と同じか、下手をすればそれより余程酷い連中だ。フェンスへ肉薄し、ひたすらに頭突きや体当たりを繰り返し、叫び散らかす其奴らには、理性というものは見受けられない。剥き出しにされた赤茶けた歯茎には乾いた血糊が張り付き、全身は泥と傷に塗れている。彼らが身につける衣服は草臥れきり、穴だらけで、かろうじて服という概念を保っているに過ぎない。
彼らが迷惑客よりマシなのは、御客様として対応しなくて良いという一点だけだ。
私は溜息を吐かない様、苦心しながら用具置き場からピッチフォークを取り出した。
三叉に別れた先端には更に長く鋭利で図太い鉄筋が溶接してある。少しばかし重いが、強度と威力には代え難い。
何せ、上手く眼窩に突き刺さったとしても、脳味噌をこねくり回さなければ、発症者達は活動を止めないのだ。その為には、取り回しを捨ててでも威力を追求せねばならない。
迷惑客に、通報をチラつかせる他なくなるのと似ているかもしれない。余計な労力や心労を掛けるぐらいなら、最初から思い切った手を使う方が良い事がある。
まあ、今のご時世、一一〇番に電話を掛けたところで警察署ごと焼け落ち、そもそも電話線すら切れてしまっているのだが。
そんな、くだらない冗談を浮かべながら私は淡々と仕事を済ませた。フェンス越しにピッチフォークの三叉を発症者達の脳天に突き刺していく。罪悪感はさほど感じない。この作業自体が、作業ルーチンに組み込まれてどれほど経ったのかも覚えていないのだ。
眼窩を狙い、一気に突き込む。鼻筋の軟い骨を図太い鉄筋で砕き、大脳までその切先を到達させる。後は肉を抉る気味の悪い感触を無視しながら、ピッチフォークを上下に揺らすだけでいい。それで脳はかき混ぜられ、対象は事切れる。
フェンスに引っ掛けるように頭蓋骨からピッチフォークを引き抜き、以後繰り返しだ。
今日は十三体だった。
死体処理の為に、フェンスの外へコンテナを乗せたフォークリフトを動かし、それに死体を放り込んでいく。死体はガーデニングエリアの隅に建てた巨大コンポスタの中へ放り込む。石灰と硝化菌のたっぷり入った活性汚泥肥料と共に撹拌し、有用性のあるモノへ変える。即ち、メタンと硝酸塩だ。それで臭いの方も、腐敗臭よりは余程マシになる。
さて、以上で業務ルーチンはおおよそ終わりだ。店内の埃を払ったり、モップ掛けするにしても、それは最早形式的なものに成り下がってしまった。品出ししようにも新商品の搬入はないに等しい。
今や、お客様こそが販売先にして、唯一の仕入れ元なのである。
その重要極まる客足も悲しくなる程に少ない。仮に、来たとしても真っ当であるとは限らない。物々交換を値切ってくるだけなら、実に素晴らしい良客で、多くの場合はもっっと、もっと酷い。
今、我が店の前にやってきた奴などまさしくそれだ。
監視カメラに映った其奴は、あろう事かガーデニングエリアのフェンスをチェーンカッタで引き千切り、不法侵入しようと目論んでいる。此方はご丁寧に入り口にはインターホンを設置しているというのに、まるで理解し難い暴挙だ。
私は義憤に猛り、然るべき対処を取る為に席を立った。何の飾り気もない灰色のロッカーを引き開け、ゴムマスクと道具を手に取った。
==========
【ある暴徒の最期】
俺は生き残る為に、何だってヤってきた。老若男女関係なく、邪魔な奴はヤっちまった。発症者なんざ数えるのも馬鹿らしくなるほどにヤってきた
だから、今日もこの店で好き勝手にやっちまえると思って侵入した。
やたらに設備が良く、なんだって揃っている様に見えた。此処なら食料は唸る程にあるだろうし、発症者共に煩わされる危険性だってない。店の前には、『物々交換承ります。お客様第一、必要なものを必要なだけ』だのと書かれていたが、そんなものは知った事じゃない。
俺は好きなようにヤる。そうしなければ、生き残れないから。
だが、今回だけは違った。店のシャッターをこじ開けようと金梃子を取り出したその時だった。シャッターが何の抵抗もなく開いた。どうやって、此方の存在に気づいたのか、当惑する間も無く声が掛かる。
「いらっしゃいませ、ようこそニードフル・シングスへ。本日は何をお求めで?」
まるで録音された店内放送のように流暢な口上。そして、その言葉を吐き出すのは、馬鹿げたハリネズミのマスコットを模したゴムマスクを被った男だった。企業ロゴ入りのオーバーオール。作業ブーツ。何処からどうみても店員だ。
「てめえ、ここの住人か?だったら、全部だ。全部よこしな。テメェの命を含めてな」
俺は金梃子を構え、一も二もなくそう宣った。世界が終わっちまったことも理解できてない腑抜けを恐れる必要が何処にある?ぶん殴ってそれでおしまいだ。この世界がそうだったように、呆気ないもんだ。
対して、店員は譫言のようにこう述べた。
「必要なものを必要なだけ。それが規約です」
前で組んでいた手を開き、オーバーオールのツールポケットへと手を伸ばす。余りに無造作で自然。ポケットから商品管理用のPOS端末でも取り出すかのような手つきだった。
だが、その手に握られているのはタブレット端末でもバーコードを読み取るためのスキャナーなんぞでもなかった。
釘打ち機だ。それもあからさまな改造が施されている。
安全装置を解除するように溶接されたジョイント金具。更にそこから伸びる極細の金属パイプ。その周囲を取り巻くのはステンレス製の金網を巻いただけの粗雑な放熱用バレルジャケット。
本来の用途を念頭に置いていないのは明らかだった。
その銃口が俺に向く。俺は何か言おうとした。もしかすると、命乞いだったかもしれないし謝罪だったかもしれない。或いは下らない挑発だったのかも。だが、そんな事よりもずっと早く体は動いていた。
俺は金梃子を振り上げ、飛び込んだ。何百回と繰り返してきた様に。迷えば、死ぬのだ。
ただ、今回ばかりは違っていた。そして、それが最初で最後の誤りだった。
乾いた炸裂音。32mmのコンクリートピンが太腿に突き立つ。何本も何本も、何本もだ。改造され、相応の精度と初速を持ったピンは、コンクリート同様に肉と骨を貫いた。迸るアドレナリンの力を借りても、俺に崩れ落ちる以外の選択肢は無かった。
そして、蹲る俺へ店員が歩み寄ってくる。
その顔を見上げる。薄暗い店内、半ば程開いたシャッターから差し込む日の光だけに照らされたその顔は、合成ゴム製の作り笑いを浮かべている。その裏に見える白目はまるで笑っていない。怒りに塗れている訳でもない。
客の為に在庫を検索する気の良い店員の目だ。その目は不気味な程に真っ当だった。
「何がいらっしゃいませだ。クソッタレのハリネズミめ!御客様を串刺しにしやがって!」
俺は叫んだ。叫びまくった。店員はただ釘打ち機の銃口を向け、引き金を引いた。
「またの御来店お待ちしております」
多分、店員は最後にそう言った。
==========
私は新鮮な御遺体をコンポスタの中へ放り込んだ。チャッカマンで線香に火を付けた。灰山の中に屹立し、燃え尽きてゆく線香を眺めながら、在庫目録を確認した。
線香の在庫は残り一ダースも無かった。
店頭の張り紙に、『線香高額買取り』と銘打っても良いかもしれない。
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