第12話 新撰組の顔

島原の夜は、壬生とは違う。


灯りが多い。

笑い声も、人も多い。

そして何より、

金と欲の匂いが濃い。


格子戸の奥から三味線の音が流れ、

茶碗は鳴り、

草履が跳ね、

男の笑い声に女の声が絡む。


その通りを、

新撰組の一団が歩いていた。


先頭は芹沢鴨。

新見錦が半歩後ろにつき、

数名の浪士が続く。


足取りは崩れていない。

だが、酔いは隠していない。


「……京はいいな」

誰かが言った。


芹沢は答えない。

ただ、口の端を歪めて歩いている。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


その夜のことは、

正確には誰も語れなかった。


怒鳴り声。

器の割れる音。

女の悲鳴。


島原の一角で人だかりができ、

格子戸の前に一人の男が倒れていた。


大きな体。

盛り上がった筋肉。


相撲取りだった。


胸元が裂け、

血が畳に滲んでいる。


死んではいない。

だが、助かるかは分からない。


芹沢は、

刀を下げたまま立っていた。


「……邪魔だった」


それだけだった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


知らせは、すぐ壬生に届いた。


市中での抜刀。

浪士の名を使った金の無心。

止めに入った者を威圧。


これで、初めてではなかった。


翌日。


近藤勇、山南敬助、土方歳三の三人は、

芹沢一派のいる座敷を訪ねた。


酒の匂いが、まだ残っている。


芹沢は座敷の奥で胡坐をかき、

新見がその隣にいた。


「芹沢さん」

近藤が口を開く。

「話があります」


「珍しいな」

芹沢が笑う。

「三人揃ってか」


山南が一歩前に出た。


「新撰組の名を使って、

商家に金を無心していると聞きました」


芹沢は肩をすくめる。


「聞き方が悪いな」

「借りただけだ」


土方が続ける。


「市中での抜刀」

「力士への斬りつけ」

「島原での騒ぎ」


「これ以上は

新撰組の名に傷がつきます」


一瞬、座敷の空気が張りつめた。


芹沢は、

ゆっくりと土方を見る。


「……それで?」


「やめてもらいたい」

近藤が言った。

「会津藩預かりの身で

勝手な振る舞いは許されない」


芹沢の笑みが消えた。


「なんだ?」

低い声。


「できねぇって言ったらどうする」


土方の手が無意識に刀へかかる。

同時に新見、平間、野口も刀へ手をかける。


「斬るか?」

芹沢が立ち上がる。

「俺を?」


「やれんのか?」


一歩。

芹沢が踏み出す。


「京で新撰組の顔をしてるのは誰だ?」


「会津が不満を持ってたなら俺の首は繋がってねぇだろ?」


「俺が生きている…そういうことだろ」


座敷の空気が

今にも切れそうになる。


その時だった。


「……そこまでです」

「芹沢局長」

「近藤さん」


山南が静かに割って入った。


芹沢を見るでもなく、

ただ、場に言葉を落とす。


「今は争う時ではありません」


「新撰組が壊れれば誰も得をしない」


沈黙。


芹沢はしばらく山南を見ていた。


そして、

鼻で笑った。

「山南せ・ん・せ・い・はご高名なことだ…」

「……話は終わりだ」

「気分が悪ぃな…

平間ぁ酒持ってこい」


近藤はそれ以上何も言わなかった。


言っても届かないと分かったからだ。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇ 



その夜以降も芹沢は止まらなかった。


市中での威圧。

商家への金子の無心。


「会津藩預、新撰組だ」

その一言で人は黙った。


近藤は何度も話した。

土方は何度も止めた。


芹沢がとまることはなかった。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

ある島原の料亭内


酒を飲みながら芹沢が話す

「新見よ…」

「悔しいか?」


新見は盃を持ったまま動かなかった

「えぇ…」


「俺が悪役でいいんだよ…

なんでかわかるか?」


盃を見つめたまま新見が返す

「いえ…」


「ふっ…」

「その方が、京は静かになるだろーが」


本音を殺した男の夜は更けていく



誰も引き返せない一線が

その先に待っていた。

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