最初に断っておくと、本作は「なろう系」の是非を述べているのではない。良いとも悪いとも語っていない。
ただなろう系は他のジャンルと比べ「様式美」の割合が多く、AIと相性が良いだろうし、実際そうだったという話をしている。
多かれ少なかれ、人は形から入り込む。子どもがおままごと(ロールプレイ)を通じて世間を知るように。
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プログラミングの分野でも語られることだが、AIの性能は小中規模、かつ参考になるデータが多数あり、緻密さを求められず、複雑な要素を含まない場合において、十二分に発揮される。
これらの条件から外れると、途端にAIはポンコツ……とまではいかずとも肩透かしを与えるようになる。
キャラクターの葛藤は葛藤しているフリだし、変人は絵に描いた変人しか出せないし、長く続けば設定を忘れたり、矛盾した行動に出ることもある。AIもそこまで暇ではないということだろう。
とはいっても、形式(マニュアル)に従って手早く美味しいものを無尽蔵に作る、これは紛れもなく驚異である。
売れる作品が優れた作品の条件であるならば、数万の人気作を書くであろうAIは、歴史上類を見ない「神」作家ということになる。
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これは小説だけに限った話ではない。
例えば料理にしても、大体これをしとけば間違いないという要素はある。
身も蓋もない一例を挙げるなら「身体に悪そうな味つけ」だ。罪の味と呼ばれるものだ。
料理はまだ肉体(ハード)の問題があるので、少し先にはなるだろうが、マニュアル通りに動くロボットができれば解決するだろう。
何十も何百も罪の味を考えて実行させ、味見の上、レシピ本として売り出す。そういうことも可能になってくる。
「なろう」という言葉は「ワナビ」、何かになりたがる人を意味する。
それがAIの到来によって、実際に「なっていく」。
小説家にも料理家にもプログラマにも、その他いろいろな職業にも。
なんだか奇妙な因果を感じる。