第35話『動き出す行政と、魔法の医療ビジネス』
3月25日。
朝食の席で、宗一がノートパソコンの画面を見せながら報告をしてきた。
「若様。昨日のうちに作業を進めまして、本日中にMS法人『株式会社 Zero Medical Plus(ゼロ・メディカル・プラス)』が立ち上がります」
「MS法人っていうのは?」
巡が首を傾げると、桃香がわかりやすく解説してくれた。
「病院やクリニックに代わって、事務、経理、不動産管理などの周辺業務を行う法人のことです。非営利の医療法人とは異なり、営利活動が可能になるんですよ」
「と言うと?」
「Zero Medical Plusが所有する工場でポーションを作り、それを『清涼飲料水』という名目でクリニックに卸します。そして、クリニックの医師がそれを患者の症状に合わせて濃度を調整し、処方・使用する。これなら、薬機法の網をすり抜けて合法でいけます」
宗一の完璧なスキームに、桃香が自信満々に胸を張った。
「自由診療のポーション代をいくらに設定し、Zero Medical Plusとクリニックの間でいくらのコンサル料や資材費を動かすかは、税理士である私の腕の見せ所です!」
「ただ」と宗一が付け加える。
「自由診療と保険診療の時間を明確に分けないといけないのですが、それはクリニックを買収してからですね」
「仲介会社から即返信がありまして、特区である川崎市内の赤字クリニック三件のリストが来ましたよ」
桃香の報告を受け、宗一はリストに目を通した。
「総合的に考えて、『総合診療・外科・美容の簡易設備あり』の白鳥クリニックに決めましょう」
「宗一さんが選んだのなら、大丈夫でしょう」
巡が全幅の信頼を寄せると、宗一は小さく頷いた。
「本日はクリニックの現地調査に行くついでに、川崎周辺のリストにある耕作放棄地と、生産工場に向いた土地がないか調べてきます」
「よろしくお願いします。ただ、量産となると……肝心の錬金術師になってくれる方は全く見つからなくて」
宗一の懸念に、巡は少し得意げに笑った。
「それは僕にちょっと考えがあります。唯一のナチュラル資質ホルダーの悠生君。僕の考えが正しければ、彼のオタク友達になら『大人の厨二病』がいると思うのですよ。彼に聞いてみます」
「それは頼もしいですね。それと、もう一つ報告が」
宗一の表情が引き締まった。
「教育委員会の方ですが……私たちがスキルを譲渡していることでレヴァリィを疑っても、物的な証拠は何も出ません。しかし、『生徒の能力が上がっている』という確証は得られていると思われます」
「ヤバくないですか?」
「知らぬ存ぜぬで躱すのも限界ですので、相手の望む要望によっては、秘密保持契約を結んだ上で要望に応えるのも良いかもしれません」
「では、相手の出方次第ですね」
「ええ。動きがあったらまたお知らせいたします」
テレビの時事ニュースでは、「元タレントの女性が窃盗の容疑で現行犯逮捕された」というニュースが流れていた。
「この人、色々あって大変そうだったけど、落ちるところまで落ちて、僕と同じ地球のゴミになったか……」
巡は少し悲しそうに呟き、家を出た。
ウォーキングと自力本願寺へのルーティンを終え、コンビニに寄る。
レジの陽菜に、巡はウキウキとした声で話しかけた。
「陽菜、錬金術ヤバかったよ! とんでもない物ができてた!」
「そんなに凄いの?」
「世界が変わるほどの凄さだったよ。ここでは教えられないくらいね」
「そうなんだ! 今度教えてね」
陽菜との他愛のない会話を楽しみ、巡は豪邸に戻って集積所を巡り、スキルを集めてから店へと向かった。
*
一方、春休みに入った翠峰中学校では、出勤している教師たちが職員室で作業をしていた。
突然、来客を告げるインターホンが鳴り響いた。
現れたのは、区教育委員会の方々。しかも、教育長の不動憲治が自ら先頭に立っていた。
「昨日の件か……まだ調べることがあるのか?」
校長の鈴木柔が冷や汗を流しながら呟く。
「春休み中に申し訳ありません。昨日の件など、早急に事実確認が出来ました」
春休みで生徒が少なく、調査はむしろスムーズだった。部活動に来ていた数名の生徒を呼び出し、不動が個別に聞き取りを行う。
「最近、勉強がうまくいっているようだね。何かきっかけがあったのかな?」
「えっと、あのカフェに行った後、なんか勉強が急にできるようになったんです。天使がいるって噂もあるけど、わかりません」
「悩みが消える、というのは本当?」
「はい。話を聞いてもらうだけで、まるで変わりました」
別の生徒も同じような証言をした。
「話を聞いてもらったら、急に体が軽くなって足が速くなったんです」
「……なるほど」
不動は手帳にペンを走らせる。
(証拠はまだないが、あの店は間違いなく“何か”をしている。それが何かわかるまでは調査をしなければ。だが、区教育委員会だけでは力が足りない)
不動は翠峰中学校を後にし、区役所の庁舎内の自分のデスクに戻ると、『翠峰中学校における生徒能力向上の実態調査』という報告書を作成し、文部科学省へと転送した。
*
帝都テレビの会議室。
「昨日はお疲れ様。Zero Medical Plusの件の情報の扱いには慎重にね」
神崎の指示に、高杉と一条が「わかりました」と頷く。
「『すいほう教員の闇鍋』での情報ですが、翠峰中学校に区教育委員会が来たみたいで色々調べているみたいで、今日も朝から来ているそうです」
「レヴァリィについて、行政が動いたってこと?」
「たぶんそうですね。昨日は調査員が聞き取りだけでしたが、今日は教育長が自ら調査をしていると書き込まれていました」
「一条君は情報集め、真澄は教育長の動向を調べて。情報がなければ行動できないから」
「わかりました」
神崎の短い指示で、会議は終了した。
巡が店に着き、挨拶をしてから控室に入ると、一条が待ち構えていた。
「おはようございます。昨日はポーションとキュアポーションしかお伝えすることができませんでしたが、他にも利用価値がありそうなポーションがあって……」
一条が説明を続ける。
「TSポーションで完全に性別が変えられるポーションなんですが、これはカメレオンの脱皮の皮が必要で……あともう一つは先天性の病気も治せるエリクサーなんですが、これは雑草が複数必要な上、どこにあるのかわからない状態です」
「TSポーションは絶対に必要としている人は多いかと思うので、後で宗一さんたちに相談してみます。エリクサーはおいおい考えましょう」
「今日のお悩み相談ですが、検証記者の広瀬真(ひろせまこと)です。過去に、ネタの投稿とわからず、しかも投稿者の確認もせずにテレビのニュースに流してしまい炎上した人で、真贋の技術を養いたいそうです」
「真贋の技術だったら、『鑑識』や『鑑定』を譲渡すればいいかな」
打ち合わせを終え、店内に戻ると凛たちが待ち構えていた。
「今日の試作品、十品目のシグネチャーメニューです」
凛が大皿をテーブルに置いた。中華のアプローチによる第二弾だ。
「じっくり戻した干しアワビを、戻し汁でさらに含め煮にして、ゼラチン質がふるりと揺れる感じに仕上げ、皿に盛ります。メキシコのモレ・ポブラーノ(カカオやスパイスのソース)に黒糖を溶かし込んだ紹興酒、さらにオイスターソースを加えて煮詰め、アワビにかけます。そこに、翡翠色のパクチーオイルを点描のように散らして完成。
名付けて、『黒曜王冠 モレ・レガリア』です。ペアリングは熟成赤ワインです」
巡は一口食べ、その圧倒的な深みに驚いた。
「干しアワビの旨味が凄いですね! 面白いソースの味で、とても美味しいです」
「良かったです!」
「インフルエンサーたちの反応が楽しみですね」
開店時間を迎え、水瀬雫がやってきた。
「今日は中華の干しアワビの試作品ですが、お試しになりますか?」
「是非お願いします! とても楽しみです」
皿を出すと、雫は息を呑んだ。
「わあ! 香りは風、味は深海、余韻は王。こんな黒いお皿、初めての味で美味しいです!」
ちょっと詩人みたいだが、高評価だった。
「これも拡散しますね」と言い残し、嬉しそうに帰っていった。
次にアデライードがやってきた。
「今日はどういうお料理かしら?」
「中華の二品目、干しアワビです」
皿をテーブルに置くと、彼女は集中し始め、心の中で語り出した。
(皿が置かれた瞬間、私はまず“静けさ”に驚いた。黒いソースの深淵、その中央に鎮座する干しアワビ。派手さはない。だが、料理人が自信のある皿だけが持つ沈黙があった。
スプーンでアワビを切ると、ふるりと震える。干しアワビをここまで戻し、なおかつ“時間の層”を残すのは簡単じゃない。
一口含んだ瞬間、私は思わず目を閉じた。
……これは、海の記憶そのものね。
まず来るのは、干しアワビ特有の深い旨味。だがその直後、モレ・ポブラーノの黒い重力が舌を包み込む。カカオとスパイスの複雑さが、アワビの海の香りと衝突するのではなく、まるで“王の戴冠式”のように重層的に重なっていく。
そして、黒糖を溶かし込んだ紹興酒。この甘い熟成香が、皿全体に“影の艶”を与えている。オイスターソースの海の旨味と共鳴し、味が一段、また一段と深みに落ちていく。
そこへ、パクチーオイル。この翡翠色の香りが、重い皿に風を通す。まるで、閉ざされた王宮の窓が一瞬だけ開き、外の風が吹き込んだような解放感。
正直に言うわ。この皿は、ただの異文化融合ではない。“海・大地・時間・風”を一つの王冠にまとめ上げた、儀式的な料理よ。
——《墨帝の冥冠》という名は、誇張ではない。これは“闇を統べる王”の料理だわ。
雑誌の編集長として言わせてもらうなら、この皿は“話題になる料理”ではなく、“畏敬される料理”よ)
熟成赤ワインの最後の一口を飲み、アデライードは静かに息を吐いた。
「これは、今まで食べたことない衝撃でした。しかし、これを中華と言っていいのだろうか? と考えさせられる一皿でしたわ。これも個人SNSに上げますね」
軽やかに帰っていく彼女のSNSを見て、読者たちはその異常なまでの高評価に皆驚いていた。
さやかちゃんも「こんなプルプルのアワビ初めて! ソースも黒いのに美味しい!」と笑顔で食べていた。
お昼になり、広瀬真(ひろせまこと)が来店し個室に入った。
「豚玉のモダン焼き」を頼み、悩みを話し始める。
「この前、間違えてフェイクニュースを乗せた件は、配信が面白がって垂れ流したせいで俺も被害者なんだよ! デマを流した方が悪いのに、みんな俺を責めるのが気に食わないんだよね!」
対応している芳江も「あらあら〜」と引き気味だ。
(こんな人にスキル譲渡しても変わらないだろうな……)
巡がステータスを確認すると『おっちょこちょい』とあったが、やはり大人のパーソナリティだからか蒐集もできなかった。試しに『鑑定』と『鑑識』を【Lv.4】で譲渡しても消えなかった。『鑑定』は上げすぎると危険なので【Lv.2】に戻したが、真贋ができても『おっちょこちょい』が残るならダメっぽいなと思いつつ、巡は一条に事の次第を話し、彼には注意を促しておいた。
案の定、数日後に広瀬はまたもやらかしてしまい、事が大きすぎたため配置転換させられることになるのだった。
午後。宗一と桃香は川崎へと向かっていた。
到着し、買収候補である白鳥クリニックの調査を開始する。建物は古いが、必要な設備はしっかりと揃っていた。
院長は往診中で不在だったが、娘で医師の白鳥飛鳥(しらとりあすか)に会うことができた。
「父は真面目で志は高く患者思いですが……経営は壊滅的なんです」
苦労を滲ませる彼女に対し、宗一は単刀直入に告げた。
「いきなり本題ですが、私たちは買収のための話に来ました。クリニックの名前もそのままで、出資だけ私共が行います。その代わり、自由診療である事をやってほしいのです。また明日来て、詳しくはお話します」
宗一はそれだけを言い残し、驚く飛鳥を置いてクリニックを後にした。
その後、二人は川崎周辺のリストにあった耕作放棄地の持ち主と、生産工場の物件の下見をして目星をつけ、今日は川崎を離れた。
閉店後。
巡は、練習に来ていた相馬悠生に話しかけた。
「悠生君のオタク友達に、就職できていない子いない?」
「いますね、二人。しかも二人とも尻に火がついています」
「何それ?」
「二人とも、4月までに就職しないと家を追い出されます」
「今日25日だよ、無理じゃん」
「ですよね。でも彼ら、僕以上にひどいんですよ」
「どんな子?」
「一人は高等遊民(ニート)で、素で『右眼が疼く』って言います。一人は意識が高すぎる系で、なんでもできると言いながら何一つできません」
「それは二人とも痛いな」
「ですよね」
「じゃあ紹介して。たぶん『大人の厨二病』持ってるから。持っていなくても『空想主義』で行けるし」
「え? 錬金術の譲渡するんですか? あいつら守秘義務守れるかな……?」
「あ、大丈夫だよ。契約魔法あるし。違約金10億円やめて、すべてこっち(契約魔法のペナルティ)にしようかな? それが良い」
巡が悪魔のように笑うと、悠生は顔を青くした。
「……俺、地雷踏んじゃいましたか?」
「ふふふ。明日の面接が楽しみだね」
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