6話 禁忌の前触れ
八歳の晩冬。
「……信じられん。わずか八歳で、
私にとっては、ただの退屈凌ぎに行った錬成術と霊術の戯れだった。養成所で飼育していた突然死んだ若い馬に、年老いた馬を掛け合わせた。
合成獣の錬成においては、霊術も必要になる。錬成後に魂が拒絶して離れそうになった場合に、繋ぎ止め
同じ種族同士での「合成獣」の錬成で、二頭の肉体が融合し、一体になった馬は再び若々しく走り出した。その錬成理論を紙に落として提出した。
老練の術師師範、
この国の術師は、物理法則を活かした「錬丹術」か、霊感の強い神官が操る「霊術」のどちらかに
文字から学ぶ言葉は、私にとって冷徹な「数式」と同義であった。唇の動きと情報の連なりを記号として処理し、対象を分類するための
だが、残酷な天秤が私の行く末を計っていた。
我ら
(ーー
その頃、月読術師養成所の所長である
十歳になると同時に、黒曜王への
謁見の間は、深い青の
王は唇を動かす。豪華な金糸を編み込んだ
「天は二物を与えた。月の精霊が意図せず創り出した鬼才のようだ。この国に、その叡智の全てを捧げよ」
そして、私の傍にいた黒龍には両手一杯の金貨の入った小包を渡された。
私の住まいは国王の住まう奥宮のさらに奥、王の寝室と回廊一本で繋がった「離れ」に置かれることになり、側仕えとなった。黒龍の所有地から移される際、所有物を一つだけ所持することを許され、
黒曜国において実年齢こそ幼いが、宮廷
私にとって、王に仕える時間は空虚そのもの。「無」である。王の命令はすべて脳内で周波数として分解され、無機質な波形へと変換される。王の
精神を肉体から切り離し、意識を神話の深淵へと逃亡させることで、私は己の尊厳を無意識に繋ぎ止めていた。
王宮の禁書庫は、冷え切った静寂が支配する葬儀所のようであった。
天井まで届く
法治国家・黒曜国の絶対性は、国民の魂に刻まれた「
『国外で軍を置けば死に至る』
『国境にまつわる王命に背けば魂が
それは、神の領域に等しい完璧な論理構造に見えた。だが、私は知っている。この世に、入力と出力が完全に一致する永久機関など存在しないことを。
(――熱は逃げる。エネルギーは変換の過程で必ず「
私は、重厚な石の床に指先を立てた。
導器の指輪をつけた指先から、微細な衆波を流し込み、王宮の
私の脳内では、黒曜国の法典そのものが巨大な立体幾何学として再構築されていた。法の条文一つ一つが光の鎖となり、複雑に絡み合って国民を縛り上げている。
だが、視覚を極限まで研ぎ澄ませ、数万の術式の交差点を走査したその時。
私の網膜に、一瞬だけ「論理の空白」が弾けた。
(ーー見つけた。)
「血の盟約」は、本人の自覚をトリガーとして発動する。自らが『法を破った』と認識した瞬間に、精神と肉体が連動して崩壊する仕組みだ。
ならば、その「認識」をバイパスすればどうなる。
自己の意識を多層化し、深層心理で「これは法に触れる行為ではない」と定義し直した上で、表層の肉体に禁忌を遂行させる。あるいは、法が『人間』と定義していない異形に魂を移し替えれば、盟約の対象外となるのではないか。
法の網の目は、あくまで『人としての理』を縛るもの。
ならば、その理の外側――人ならざる「獣」や、死してもなお動く「魂の器」に手を伸ばせば、この完璧な檻は、一転して私を守る「
「……ふふ」
私の喉が、無意識に震えた。
それは笑い声ですらない、空気が漏れる不快な振動。
紫耀衆の短すぎる寿命という絶望的な数式。その右辺に、法の隙間から引き摺り出した「禁忌の変数」を代入する。
演算の結果、導き出されたのは――神への反逆、そして魂の変異。
王の私室へ向かう廊下で、私は壁の法典を見上げた。 そこには、里で浴びせられた罵声よりも冷たく、王の欲望よりも強固な「死の宣告」が刻まれている。
しかし、今の私には、それが脆く崩れやすい砂の城にしか見えなかった。
禁書の山を閉じる私の指先には、法の隙間から引き摺り出した、未来を書き換えるための不吉な光が宿っていた。
しかし、この時の私はまだ知らなかった。
演算不可能な、たった一人の「色彩」が、私の冷徹な世界を根底から叩き壊すことになるのを。
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<前回までの登場人物>
・
零章の主人公。
耳が聞こえず、言葉が話せない。紫の髪。左右で異色の双眸(右目は灰色の弱視、左目は紫色のオッドアイ)の少年。三十年を超えられない短命な
紫耀と黒曜国では不吉とされる身体障害者だが、聴力と一部の視力が閉じた分、圧倒的な演算能力を持ち、他者の感情や生命の脈動を「
錬丹術を扱う熟練の術師を凌駕する鬼才。
・
猿の半獣の少年。通常の半獣は髪(体毛)と瞳が異なる色で正体が露見するが、黒い髪と瞳のため正体を隠し、この時代、黒曜国では半獣は国外追放だが、違法滞在している。親に捨てられ
耳が良すぎるせいで聞きたくないものまで聞き、話すのを拒絶するようになった。音無と同様、錬丹術を扱うのに向いた「
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