第10話 約束事

 ラシアは新しく借りた、今度は床に穴の空いていない部屋で、宿屋のおやじの弟らしい医者と話を始めた。


 テーブルの上には、ティアが淹れてくれたお茶が二つある。


 似ていると言えば似ているが医者というだけあって、約束を守らない兄よりは知的な雰囲気がある。


(宿を変えることも考えねば……)


 そんなことを考えていると、医者はお茶を一口飲み、本題に入った。


 もちろん水晶病のことだ。


 ここよりもっと大きな街にいる神官達は治し方を知っていて治せる。だが地方から都までは距離があり、水晶病にかかるといまだにほとんど助からない病気らしい。


 それに滅多に町中で発生する病ではないため、国もそこまで力を入れている病気ではなかった。


 そこでラシアは疑問に思ったことを口にする。


「一度ポータルに入れば、ダンジョンのある街とは繋がるんですよね?だったら治せる人がここに来るのも楽なのでは?」


「ラシアさんは他国の方ですか?……確かに繋がっていますが、使えるのは冒険者、それもダンジョンを踏破した者だけです。しかも踏破したと言ってもランクごとに分けられていて、適正なダンジョンとしか繋がらないんですよ」


 異世界は他国みたいなものなので、ラシアは何も言わず頷く。ゲームでも最初から全てのダンジョンが表示されるわけではなく、踏破した数によって解放されていた。そこがこの世界でいうランク分けなのだろうと考える。


「だから全員がポータルを使えるわけではありません。兄は昔冒険者だったので使えますが、私は使えません」


 言われてみれば、宿のおやじは確かに冒険者らしい雰囲気だった。他の冒険者にも臆せず宿を営んでいるし……何より顔が厳つい。


 そんな失礼なことを考えていると話は戻り、水晶病の件になった。ティアの病気がどうやって治ったのかまでは医者に伝えていなかったらしく、教えてほしいと言う。


「もちろん、ただとは言いません。治し方を登録すれば国から報酬も出ますし、ラシアさんにとっても損にはなりません」


 ラシアはすぐには頷かない。


 下手をすれば損にしかならないからだ。


 アイテムバッグを漁れば、こちらに来る前に狩っていた上級ダンジョンの魔石や素材がある。ガチャで当たった自分では使えない武具もある。どちらも売れば相当な金額になるだろう。


 宿は壊したが、実は金に困っているわけではない。売ると足がつきそうだから売らないだけだ。


 よほど困れば売る。それこそダンジョンに潜れば、ラシアの強さならすぐに稼げる。


 だから金銭面のメリットはない。名前が知られるデメリットの方が大きい。


 だが……条件付きなら教えてもいいと考えていた。


 一つ目は、公表してもいいが自分の名前を一切出さないこと。


 もう一つは、宿に空けた穴を修理すること。


 正直、一つ目より二つ目の方が重要だ。医者という社会的立場のある者が、口約束すら守らないのなら、この街にいる必要はない。


 さくっと冒険者ランクを上げるか、さっさと別の街へ逃げて別人としてやり直すだけだ。新しい街で人付き合いを始めるのは面倒だが、ここに友人がいるわけでもない。


 ラシアの髪色に似た者もハンマーや鈍器を使う冒険者も多い。いざとなれば逃げられるし、その力もある。


 だから二つ目の条件が重要なのだ。全面的に自分が悪いし、宿が使えなければおやじやティアの生活基盤が崩れる。


 それに、水晶病の治し方などゲーム内では誰でも知っている。攻略サイトですらなく、公式サイトに載っている情報だ。そんなものを「自分が発見しました」と言えるほど、ラシアは図太くない。


「そういうわけで、二つの条件が呑めるならお伝えします。私はお金も地位も求めていません。私が住んでいた場所では、誰もが知っている治し方でしたので」


「……ラシアさんはどこから来たんですか?」


「それを言う必要はありますか?」


「ありませんね……」


 医者は少し考える時間を取り、じっと思案する。


 宿の修理は安いものだ。それは問題ない。問題は水晶病だ。滅多に発症しないとはいえ、地方ではまず助からない。公表すれば救える命は増えるだろう。


 だが歴史に残るような発見を、医者として誇るべきか。それを自分が背負ってよいのか。


 ラシアの気持ちも少し分かる。


 これから背負うもの、これからの立場、様々なことを考えた。


 淹れてもらったお茶はすっかり冷めている。


 やがて医者は顔を上げた。


「その条件を呑みましょう。公表は私の名で行います。ラシアさん、教えていただけますか?」


 書けば名前が残るので口約束で十分だ。


 書面でなくても約束は約束。そこに大小の違いはない。


 ラシアは頷き、アイテムバッグから以前倒したクリスタルリザードの魔石を取り出した。


 そして水晶病の正体と治し方を簡潔に伝える。医者はすぐに紙を取り出し、書き始めた。


 その姿を見て、ラシアは思う。


 良い感情ではない。


 自分がティアを助けなければよかった、後悔する未来だけはやめてほしい、と。


 その後、質疑応答を少し重ねる。


 知らない人と長時間話すのは嫌だが……こればかりは自分が原因なので仕方ないと諦めた。


「この町には患者がいないので、他の都の医者達と協力して試します。その後で国に報告、発表します」


 ようやく話が終わり、下で掃除をしていたおやじを呼び、床の修理の目処が立ったことを伝えた。


「……まー。宿が直るなら俺からは言うことねーわな」


「私も謝る以外に言うことはありません」


「ついでに少し改築してもらうか。俺の金じゃねーしな」


「それは駄目なのでは?」とラシアが突っ込むが、公表後に国から金が入るなら余裕だと言う。それに、宿は人気の割にぼろいので弟も気にしていたらしい。


「よし。すぐ来てもらうから、ラシアはティア連れて一日遊んでこい。夕方までには寝る所ぐらい改装しておく」


 断る前にティアが仕事が休みになることを喜び、ラシアの選択肢は消えた。


 聞けば、今泊まっているのは珍しくラシアだけらしい。改装も魔法を使う“魔導工法”とかいう建築方法ですぐにできるらしい。


「ラシアさん!私はこの街に詳しいので、案内はお任せくださいね!」


 ティアの目が輝いている。魔導工法の方が気になる、などとは絶対に言えない空気だった。


 この街で知っているのは、宿と冒険者ギルドと図書館と、道沿いのよく分からない店くらいだ。案内してもらうのも悪くないかもしれない。


 潰したメイスが修理できるのか、買い替えかも分からない。軽装の替えも必要だ。


 目立たない装備だっただけに壊したのは痛い、と今さら思う。


「ラシアさん、行きたいお店とかありますか?」


 もう断れない。


「武器とか防具……ハンマーがいっぱいある所がいい。私は鈍器メインだから、ハンマーで」


「違いが分かりませんが……クラブや棍棒じゃ駄目なんですか?」


「ロボットで例えるならマジ○ガーとゲッ○ーぐらい違うから駄目。あと、あんまり会話せずに意図を汲んでくれる店がいいかな?」


 意味が分からずティアが真顔で固まると、おやじに「アホなこと言ってないで行け」と怒られた。


 どうやら話は聞こえていたらしく、鈍器を扱う店を教えてくれた。


 そしてラシアとティアは街へと消えていった。


 それを見て、医者の弟が兄に言う。


「何というか……美しい人ですが、静かで怖い方ですね」


「まぁな。ティアと話してる時はよく喋るが、他人とはほとんど話さねぇな」


「冒険者は会話しないと死ぬ、と兄さんは言っていましたが?」


「俺の頃よりあいつの方が強いからだろ。桁が違う。あいつも人と関わろうとしないから、お前も変に絡むなよ」


「約束もありますから……余計なことは探りません」


「それがいい」


 そう言って、二人は改装の準備のため宿の奥へ入っていった。

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