第3話 思い出は美しい?


 ラシアは受付の列に並ぶ。この街にあるポータルは初心者ダンジョンと初級者ダンジョンに繋がっているが、一度他の街のポータルに入ればこの場所とも繋がるので、中級者や上級者といった冒険者も思ったよりはいる。


 だから国が管理している冒険者ギルドはかなり大きな建物で、働いている人も割と多い。


 依頼もあるがここは基本ダンジョンに入るための場所だ。モンスターの素材や魔石を買い取ることでこの街は回っている。


 受付に並んでいると割り込んでくる上級者や中級者がいるが、他人と話すくらいなら我慢する方をラシアは選び心の中でお腹痛くなれとか呪詛を呟く。


 そしてようやく自身の番がやってくる。


 受付にも色々な人がいるがラシアはこの人にしようと決めている。


 元気な人もいれば声の大きな人もいるが、余計なことを一切言わず、人によっては愛想もクソもない受付嬢だ。


 友人でもないのにフレンドリーに話しかけられると困るし、テンションが高いのもしんどい。業務的に黙々と仕事をしてくれるなら、ギリギリ初対面でも会話できるので、ラシアはこの受付嬢のところに行くようにしている。


「おはようございます。身分証をお願いします」


 冒険者の身分証は、よく分からない金属でできたブレスレットだ。腕につけたそれを水晶に近づけると、初めてこの場所に来たときに書いた自分のプロフィールなどが表示される。


 どういう理屈かは分からないが、他人がこの身分証をつけてもプロフィールは表示されないそうだ。


「確認しました。ラシアさんは今日も初心者ダンジョンで良いですか?」


「はい。それでお願いします」


「分かりました。少しお待ちください。それと掲示板の方に初心者ダンジョンでも取れる素材の納品等がありますので、ご確認ください」


 ラシアが頷くと、ダンジョンに入るための登録が終わり、ブレスレットの中心にある宝石が少しだけ輝きを増した。


 これで受付が終わりダンジョンへと入ることができる。


 そして教えてもらったように中央のポータルの近くにある掲示板へと向かう。そこは木の板に数々の依頼が張られているようなものではなく、巨大な岩を切り出したような黒い板があり、そこに光る文字で数々の依頼が書かれていた。


 達成されたものはすぐに消え、また新しい依頼が書き込まれていく。


 素材の採集依頼、魔石の買い取り依頼、護衛の依頼など本当に様々な依頼があり、報酬も様々だった。


 そんな中でも最も大きく、緊急度が高い依頼が二つある。人捜しの依頼と、街の外にできた水晶の泉の調査だ。


 その二つを見る度にやっちまった感が半端ないが、今更だ。無視して他の依頼を見ようとするが、ホットな話題なので冒険者達がその話をしている。


「この白の騎士を探しているのって大公の娘だろ?なんか助けられたとか聞いたが、本人は名乗り出ないのか?」


「報奨金とか出るだろうが……知ってる奴からしたら大公には関わろうとは思わんからなー。碌な噂は聞かんしな。そもそもあそこは武闘派だから、見つけて自分の派閥に引き入れたいんじゃないのか?」


「なるほどな。グランドドラゴンを一撃で殺すような騎士だからな。どこの派閥でも取り込みたいわな」


「俺も死骸を見た口だが……どんな攻撃をしたらあんな死に方するんだ?って感じだったな。まー俺が思うに派閥に引き入れたいのもあるだろうが……案外、殺して装備を奪うのかもしれないぞ。貴族様に目をつけられて死んだ奴なんてごまんといるからな」


「……ありえるな。どこのどいつか知らないが、貴族と関わらないのは賢い」


「まぁ貴族様の依頼料はずば抜けてお高いから悩む所だがな」


 聞こえてきた話を聞いて、ラシアは静かに思う……どこの世紀末かな、と。そしてゆっくりと思い出す。名も知らない貴族の娘を助けた時のことを。


 ……

 …………

 ………………


 この異世界に来て戸惑った。ゲームのキャラクターになっていることにも戸惑った。女性になっていることにも戸惑った。これ以上戸惑うことはもう無いだろうと思うと少し冷静になり、ようやく動けるようになった。


 なだらかな草原の丘がどこまでも続く場所だった。少し遠くに道があり、地道ではあったがたぶん車輪のような跡があったので、これを歩けばどこかに通じるだろうと思えた。


「……夢なら切実に覚めてほしい。なんでこんなにリアルなんだ?」


 寝ている時に見る夢に比べると本当にリアルで、自分の体を触っても鎧を触っても本物そのもので、これが夢だとは到底思えなかった。


「まさかとは思うけど……異世界転生?いや死んでないから転移か。人がいたら言葉通じるのか!?人がいない世界だったらどうするの!?」


 ゲーム時代の姿と装備のまま街道を歩き、時々奇声をあげながら進んで行く。


「はぁ……モンスターとかいたらどうしよう。まぁラノベとかお話だからいるけど、普通に考えたらいない世界もあるよねって話だよな」


 なんてことを考えていると、呼びました?と言わんばかりに戸惑う出来事がやってくる。


 少し離れた場所に牛や馬より少し大きな犬型の動物がいて、明らかにこちらを見ていた。そして群れのリーダーと思われる一回り大きな個体が吠えると、ラシアに向かって一斉に距離を縮める。


「はぁ!?ちょっと待ってくれ!」


 あまりのことに硬直しているとすぐに囲まれ、逃げ道を塞がれた。


 そしてヤバいと感じた時には一匹の獣が腕に噛みついてきた。


 だが聖銀鋼で出来たフルプレートが雑魚モンスターに噛まれた程度で傷がつくはずもなく、大きなぬいぐるみが体当たりしてきたような感触だった。


 その感覚にラシアは戸惑い、背中に背負った武器を抜くことも忘れ、左手で顔を押さえ右手で思い切り殴った。


 殴られたモンスターは吹っ飛ぶこともなく、その場で腹が弾け、頭部と後ろ足辺りだけが残った。


「えっ?えっ?」


 あまりの出来事にラシアは戸惑うが、仲間を殺されたモンスターは一斉に飛びかかる。


 生まれてこの方、喧嘩などしたことのない者に戦い方など分かるはずもない。


 転げ回ったりモンスターを投げ飛ばしたりすること数分、辺りには血の海が出来上がり、ラシアには勝てないと悟ったモンスターのリーダーが生き残ったものを連れて逃げていった。


 あまりの光景にラシアはヘルメットを取り、その場で吐いた。何も食べていなかったのか何も出ることは無かったが……血と臓物の匂いがそれを止めさせることはなかった。


 そしてようやく落ち着くともう一度、自身の体をチェックする。こんな簡単に生き物が死ぬのはおかしい。


 近くにあった大岩に狙いを定めて拳を突き出す。


 とても簡単に砕けた。


「…………」


 あまりの事実にラシアは言葉を失った。だが足元に咲く野花に触れても吹き飛ぶようなことはなかったので、加減も無意識のうちに出来ているようだった。


 見ればまた吐きそうになるが、最初に倒したモンスターの頭部を確認する。


 少し違うが、それはゲームに登場した狼のモンスターに酷似していた。


「こいつってクレイハウンドだよな?……もしかしてここってゲームの中?」


 その問いに対する答えは返ってこない。ただゲームの世界であるならこんな草原のフィールドは見たことも聞いたこともない。


 ゲーム内にダンジョンはあったが……クレイハウンドが群れで襲ってくるという行動も無かったはずだ。最初の方に登場するモンスターなのでアプデで追加されたなら話は別だが、何故かラシアにはこの世界がゲームの中とは思えなかった。


 モンスターがいることが分かったので、もう一度フルプレートのフェイスマスクをかぶり直し街道を進んで行く。


 ある程度進むと分かれ道があり、そこには見慣れない文字で書かれた看板があった。


「えっと?右はダンジョン都市ルインエルデ…………何で知らない文字なのに読めるのか」


 左は削れていて読めなかったが、文字を書く文化があり都市があるということをラシアは喜んだ。


 ただゲーム中でもそんな都市の名前は聞いたこともなかったが……


 街道をひたすら歩くが全く街が見えてこない。距離ぐらい書いとけよと思いながら進んでいくと、遠くで固いものがぶつかり合うような音と獣の咆哮のような音が聞こえてきた。


「なんか……聞いたことのある鳴き声だ」


 ラシアは走ってその場に向かう。その速度も尋常ではない。フルプレートを装備し背には背丈より大きなハンマーがあるが、スプリンターよりも遥かに速く、もはや単車に迫るような速度で走れた。


 小さな丘を一つ越えると音の発生源を見つけることができた。


 それは戦闘音だった。


「おー。さっきの犬がクレイハウンドなら、こっちはグランドドラゴンか。羽のないドラゴンだけどかっこいいよな。けっこうデカいな。大型トラックぐらいあるか?」


 聞いたことのある鳴き声のはずだった。ゲームの頃に中級者が行くダンジョンでよく狩っていたモンスターだったので、その鳴き声もよく覚えている。


 今のレベルなら狩りに行くこともないモンスターだが、見た目がかっこいいのでラシアの中では好きなモンスターだった。


「人がいてよかった……」とラシアは喜ぶが……少し様子がおかしい。馬車を守るように兵士と思われる者達が戦っていたが、明らかに劣勢だ。


 死んでいるのか気を失っているのかは分からないが、数人が倒れていた。


「そこまで強いモンスターじゃないだろ……」と考えていると、一人の兵士が文字通り丸呑みにされ食われた。


 その光景にラシアは「へっ?」と間抜けな声を上げるしか出来なかった。


 一人、また一人と食われていく。だから分かったこともある。倒れている兵士はもう死んでいるのだった。


 人が死んでいる。正義のヒーローでも何でもないが、見ているだけは無理だった。


「おいおいおいおいおいおい!」


 残った兵士も吹き飛ばされ、残った馬車が潰されようとした瞬間に間に合った。


 自分より遥かに巨大なドラゴンの攻撃を片手で受け止める。生き残った兵士達もあまりのことに言葉を失った。


 この体、この装備がゲームと同じなら……このモンスター程度なら全く問題ないはずだ。


 背中に担がれているメテオドライブハンマーを手に取る。


 クリティカルさえ出れば凄まじい威力が出るが、モンスターの強さも同じならクリティカルが出ようが出まいが一撃で倒せるはずだ。


 そして片手で軽々と巨大なハンマーを振りかぶる。


 キャラクターも防具もモンスターも同じ強さなら、武器の強さも同じだと考えなければならない。


 メテオドライブハンマーのゲーム時の説明欄の最後には……力ある者がこのハンマーを振り落とせば隕石の衝突と同じ威力があると書かれていた。


 無我夢中で振ったラシアのハンマーは、とても簡単に……グランドドラゴンを潰し、その衝撃で周囲を吹き飛ばした。

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