第191話 悩み事

 その日の夜、リレッサは少し悩んでいた。明日、この国の重鎮や妖精の女王、獣の王達との会談が王都で開かれるからだ。


 行った方が確実にメリットはある。自分の目で見て今後のことを考えられるからだ。この国の重鎮達がどういう人物かも分かる。


 だが……滅んだ国の王女が、そこまでしてこの国に手を貸す必要はあるのか? という感じだ。


 自分の騎士であるラシアに助けてもらい、第二の人生を得ることはできた。


 恩返しとまでは言わないが、ルインエルデを住みやすくするためにも動いている。これはラシアをこの世界に引き留めるためでもあり、自分のためでもある。


 思うのは、今ならまだ本当に王族ではなくリレッサとして生きていけるということだ。国政に参加する町娘などいない。調子に乗って政治に参加などすれば、いつかは元に戻れなくなるだろう。


 それがリレッサの悩みだ。この国を良くする方法などいくらでもある。自分がいたローウェンテニアと比べれば、言い方は悪いが遙かに劣る国だ。国の運営にしろ、軍にしろだ。


 ただ……良い所も悪い所も含めて、その国の色であり歴史だ。ローウェンテニアをなぞって進んでも、待っているのは故郷と同じ結末だ。


「はぁ……」


 リレッサがため息をつくと、まだ下のベッドで起きているラシアから声がかかる。


「大丈夫ですか?」


 リレッサはベッドから頭を出してラシアに大丈夫だと伝えたあと、小さな明かりをつけて本を読んでいるラシアに話しかける。


「ラシアは……まだ起きているようですね。早く寝ないから朝起きられないんですよ?」


「眠くならないと寝られないので、こればかりはどうしようもないかと……それで? 何をそんなに悩んでいたんですか?」


「では、話します」


 そう言ったあと、自分のベッドを抜け出してラシアのベッドにリレッサは侵入する。


 ラシアももう慣れているので、体を動かしてリレッサが入ってくるスペースを作る。


 そしてリレッサは布団に入るなり、ラシアの少し癖のある長い髪をくりくりと指先で触った。


「ラシアの髪も伸びてきましたね。そろそろ手入れした方がいいですよ? お店を紹介しましょうか?」


「髪の毛の手入れって……こう、知らない場所で髪を切ってもらうのも超高難度ですから……もうしばらくは良いかなと」


 元の世界でも髪を切りに行く時は地元まで戻り、子供の頃から通っていた床屋に行くようなタイプだ。異世界で知らない人に髪を切ってもらうとか、そんなことができるはずもないのだ……


「まぁ……私の話は置いておいて、リレッサは何を悩んでいたんですか?」


 ルインエルデで動いている理由までは言えないが、城での話し合いに呼ばれていることを伝える。


 キングはともかく、フェリスロステのことなどもあるので、行った方が良いとは思っているのだが……と伝えると、ラシアの返事は早かった。


「行った方が良いのは間違いないですが……行かなくて良いですよ。リレッサはリレッサですし。この国が分家のようなものかもしれませんが、ここはローウェンテニアではないですからね。行く必要はないですよ」


「ですが……天使達のことなども気にはなりますよね?」


「はい。その辺は気になりますし、フェリスロステやキングのことも気になりますが……私は冒険者で、リレッサは町娘になりたいのでしょう? 毎回毎回、何かある度に城へ行くのもおかしな話ですし……」


「……」


「私はいつか元の世界に帰ります。だから今は多少の困り事なら助けたり手伝ったりしますが……いつかはこの国、いえ、この世界の人達が向き合わないといけないことなんです。私やリレッサがいればなんとかなる、では駄目だと思いますよ」


「……それはそうですね」


「それに、騎士団にはデゴットさんがいて、聖騎士にはロディーがいます。パルサーさんやティーガーさんもどんどん強くなっています。もちろんノアさんやグオンさんもです。ですから私は、任せられるところは任せようと思っています」


 その話を聞いてリレッサは思う。ラシアは本当に元の世界に帰りたいのだなと……


 そしてティーガーとの会話を思い出し、自分はラシアに残ってほしいと伝えようとする。


「ラシアは……」


「どうかしました?」


「いえ……中に別のラシアが入っていると言っていましたが、あまり変わりませんね」


「ガロニアさん論で言えば……魂と体には記憶があるので、その二つが混ざって今みたいになっているんでしょうね。ロディーには昔と全然変わりませんとよく言われますので……」


 リレッサはラシアに、この世界に残ってほしいとは言えなかった。断られるのも怖かったが……ラシアに気を使われるのも怖かった。


 ラシアはきっと自分が止めても帰る。それだけはリレッサにも伝わっている。迷うこともよくあるが……そこだけは本当にブレていない。


 ラシアがいなくなることが、リレッサは怖かった。


「どこの世もままならないことばかりですね」


「世の中そんなものですよ。私なんて穴に落ちて、起きたら異世界ですよ? 元の体はどうなってるの? って話ですからね~」


 暗い話を和ませようとラシアが言っているのも分かるが……進む先が死だと分かっているのだから、本当に笑えない。


 ただ幸運だったのは、暗い夜の中でリレッサの瞳に涙が溜まっていることに、ラシアが気づいていなかったことだ。


 ……


 …………


 そして夜が明け、王都から迎えの馬車が来たが、リレッサは城へ向かうのをやめた。昨夜ラシアと話したことが大きく……本当に困ったことがあれば手を貸すが、この国のことはこの国の人達に任せるのが一番だという判断だ。


 それにラシアや自分のためでもあるが、このルインエルデを発展させる方が楽しい。だから今はそれが一番いい。


 王族として生きるのが嫌だった自分に、幾つもの生き方が見つかったのだから。


 そんなことを考えながら隣を見る。いつもなら寝ている時間だが、ラシアは眠そうな顔で起きていた。ラシアも会談に呼ばれていたが、リレッサと同じく断っていた。


「フェリスロステもキングも、戻ったら大まかで良いので教えてください」


「それは分かってはいますが……それならラシアも行った方が良いのでは? 私達を信用しすぎという気もしますが?」


「こちらとて、何もする気はないがな」


「そもそも何かする気なら、もうしているような気もしますけどね。そういうわけですので、気をつけて」


 妖精とコアラが兵士達に囲まれて歩くのも何か面白いなと、ラシアは二人を見送る。宿へ戻ると、おやっさんが朝食の用意をしていてくれたので、リレッサと一緒に食べ始めた。


 二人で世間話などをしていると、ノアやグオンといったクランメンバーが集まり始めたので、今後についての話し合いだ。


「明日はノアさんの依頼で研究所の方に行くんですけど、戻ったら行きたいダンジョンとか、やりたい依頼とかありますか? あとは何か変わったニュースがあれば教えてください」


 ダードが手を上げ、研究所までの護衛依頼に自分達もついて行っていいのかと聞いてきた。ノアに尋ねると問題ないとのことだったが、たくさん来ても依頼料が増えるわけではないので、そこは注意してほしいとのことだ。


「そうか。ラシアが受ける依頼でもないしな。水晶の泉も気になるから俺は行くぞ」


「じゃあ俺達も暇だし行くか」


 グオンがそう言い出したので、LLLが全員で行くことになった。


「それで? そこから戻ったら、姐さんはどこに行こうと思ってるんですか?」


「個人的にはまた超級の獄炎のダンジョンに行こうかなーと思ってるんですが……そうなると前と同じで、ダードさんやフォルグさん達が行けなくなるんですよね……たまには良いですけど、クランなので毎回放置はどうかなーと」


「まー、それはありますな」


 強い人だけで稼ぎの良いダンジョンへ行けば……どんどん格差が広がる。その格差はレベルにも、お金にも、経験にも表れる。


 だから多少無理をしても、連れて行けるなら連れて行った方が良い。だが超級では確実に死ぬ。だから難しいのだ。


 遭難組のダード達も、グオン組のフォルグも、自分達で狩りに行けるし、騎士団の訓練にも参加できる。ラシア達だけで超級へ行っても問題ないと言うが……そういう話でもないのだ。


 そこでラシアは、いくつかのダンジョンを挟んでから、また超級へ行こうと考えている。皆のことを考え……クランの解散も考えたが、さすがにそれはラシアの都合で無責任すぎるので却下だ。


「獄炎へ様子を見に行くぐらいはしますが……踏破を考えるのは当分先ですね。アイテムとかも色々ありますからね。そんな感じで、何か変わったニュースとかありますか?」


 ノアが思い出したように手を上げた。


「ニュースといえば、この前行った緋闇のダンジョンとか、他のダンジョンもだけど、難易度の再設定が入るみたいだよー」


「え? そうなんですか?」


「うん。ちょっと前に話してた、ダンジョンのモンスターが少しずつ学んで賢くなるって話あったよね。あの影響みたい」


 その辺りを詳しく聞くと、一番分かりやすい例が緋闇のラビットマンバリスタだった。こいつが大問題で、自分がカグヤちゃんDXに進化したのをたぶん覚えているそうだ。


 だから一日が経ってリセットされ、ラビットマンバリスタに戻っても、すぐに取り巻きを連れたモンスターを襲って進化しようとするそうだ。


 他のラビットマンバリスタにはそういう動きはなく、一匹だけがそういう動きをするとのことだ。


 カグヤちゃんやカグヤちゃんDXを相手にまともに戦えるのは、XランクかZランクのみになる。緋闇のダンジョンへ普通に行くような冒険者では倒されてしまうため、冒険者の安全を考えての変更とのことだ。


「だけど超級と比べると、これを超級にするのもおかしいから上級なんだけど、上級でもピンキリすぎて冒険者ギルドも困ってるみたい」


「確かに……超級へ行くと、カグヤちゃんDXみたいなのがいっぱいいるんですよね。一匹だけだとどうしても超級にはできない……だけどSぐらいじゃ一匹でも無理だから、なんとも難しい……」


「その辺をリセットする方法も探してるみたいな感じだね。あとは初心者ダンジョンのボスのラットマンも強くなってるから、初心者ダンジョンも初級扱いにしていいんじゃない? って話は出てるみたい」


「なるほど~。その辺もリセットできるのかな?」


「まー、なんぼ強くなってるって言ってもラットマンですからね。あれに負けるぐらいなら……言い方は悪いですが、冒険者はやっていけませんわ」


 そんな感じで本日はクランメンバーとの話し合いで時間が過ぎた。明日の予定は研究所へ向かう護衛依頼に決まり、その日の夜にはフェリスロステとキングが帰ってきた。


 会談もうまくいったようで、二人とも笑顔だったのが印象的だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る